2008/07/14

誰も知らない



僕はgenuineな関西人の御多分に漏れず「ごっつええかんじ」以来のYOUちゃんのファンで、彼女の出演した映画「誰も知らない」はいつかは観たいと思っていましたが、生来の出不精ゆえ映画館にも行かずDVDも借りず、こないだ深夜に放送されたこの映画を録画してようやく観ることが出来ました。

お昼に一人でGooTaを食べながら見始めたんですが画面に眼が吸い寄せられてしまい、そのまま最後まで映像から目が離せなかった(うそ。途中で亀の水槽を掃除した)。
見終わるとちょっと置いてきぼりを食った感じでぽつんとしてしまう。でもそれはたぶん僕がドラマを期待していたからだろう。
実話をもとにしたちょっとショッキングな話。それだけに、観る側は何らかのドラマ性を期待してしまう。でもこの映画にドラマは起きない。

僕は映画をあんまり観ないので、ディープな映画ファンには顰蹙かもしれませんが、この映画を観た翌日に車を運転しながらぼんやり考えていた。
ドラマチックな映画というものがある。それは起承転結がはっきりしていて、観た人が強いカタルシスを感じるもの、例えていえばシルベスター・スタローンの「ロッキー」のような映画。こういう映画にはドラマの時間を統率する神の視座がある。
神の視座というのは運命、テーマ、主題、意味性などと言い換えてもいいかもしれない。時間の流れには意味があり、全ての素材がクライマックスに向かって収斂する。

だが「誰も知らない」はドラマではない。
テーマがなくて、描写そのものが目的な行為ってなんだろう。
それは「デッサン」だ。この映画は例えていえば「丁寧なデッサン」だった。
「時間」はあるが中心やクライマックスはなく、ただ時間が流れる。
素材の一つ一つが最初から最後まで愛情を込めて描写される。
その描写がとても丁寧なので、僕らの目は画面に釘付けになる。

絶対者がいなくて、クライマックスがなくて、つまり時間に歴史性がなく、細部が丁寧に扱われ、時間はただ流れる。それはきわめて日本的で松尾芭蕉的。
この映画を見終わった翌日、僕は自分が是枝監督の目で世界を見ていることに気が付いた。この映画がくれたのは監督のきめの細かい慈愛で人生のディテールを観る「眼」だったような気がする。

7 件のコメント:

  1. SNOOPY7/15/2008

    この映画見ました。
    ホントにあった話ということですけど。ちょっと信じられない。大家さんはへんに思わなかったんでしょうか?学校は?
    不自然なところがたくさんあり、みている間に次から次へと疑問がわいてきました。こういう見終わった後に宿題を出されたようなのは、ちょっとカンベンってカンジです。

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  2. >snoopyさん。
    うーん、ぼくはこういう追い立てられるように人生の隘路に入り込んでいく人たちの話はあまり違和感がありません。確かに観ていてもうちょっと何とかならなかったのかなとも思いますが、コンビニのバイトの女の子から福祉事務所に相談に行くように勧められた主人公の男の子が「そしたらみんな一緒に住めなくなる。前にもそういうことがあって大変だったんだ」と言うのを聞いて少しわかった気がしました。
    この世界には四車線道路を何の迷いもなくトップスピードで走っている人もいれば、荷車の車輪が溝にはまって動けなくなっている人もいる。
    どうしてかはわからないけれど、追い立てられるように人生の隘路に入り込んでいく人たちがいて、僕達もいつかはそんな小道に入り込んでにっちもさっちもいかなくなる時が来るのかもしれません。

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  3. とーし7/16/2008

    この映画は私も録画して見始めたはずです。はずですというのは記憶が曖昧な為です。
    そして始めのほうで挫折したはずです。はずですというのは記憶が曖昧だからです。
    どこか、私が映画を見るための条件に叶っていなかったようです。
    ようですというのは。。。。もうええて。

    ですが、shinさんの言葉には共感するところがありました。

    >「時間」はあるが中心やクライマックスはなく、ただ時間が流れる
    って、つまり人生と同じってことですよね。

    >絶対者がいなくて、クライマックスがなくて、つまり時間に歴史性がなく、細部が丁寧に扱われ、時間はただ流れる。それはきわめて日本的

    うんうん、よく分かります。。。でも、それって松尾芭蕉的なの??それが分からない~~。

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  4. 芭蕉は「習へといふは、物に入りて、その微に顕れて情感ずるや、句と成るところなり」と述べています。
    つまりものごとをよく見ているうちに、そこにディテールが立ち現れ、そのことで自分のうちにある感興が湧いたらすかさずそれをそのままスケッチせよというわけです。
    よく見れば なずな花咲く 垣根かな
    やっぱりバショー的かなぁ。
    板前さんが魚をフレッシュな命として提示する。
    イキのいいところというのはディテールを観て最初にわき上がったフレッシュな感興のことです。
    それをいかにフレッシュなまま提示出来るか。それは加工しないということではなくて、どうすれば「フレッシュさ」を食べてもらえるかという点に主眼を置いて料理するということです。
    丁寧なデッサンもやはり「描写」が眼目ですよね。
    描写が眼目である。命を損なわないように提示する。活け作り。
    その辺が共通点なのかな。

    いや僕も芭蕉のことはよく知りません。ただ何となくそんな気がするだけ。

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  5. とーし7/17/2008

    芭蕉がそういうことを言っているんですね。

    いや、もちろん芭蕉も一茶も利休も光琳も、俳句も和歌も、料理も衣装もみんな日本的なんですけど、何故、あえて芭蕉かなと思ったんです。分かりました。ありがとうです。

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  6. 匿名7/29/2008

    今晩は。

    この映画は劇場で観ました。

    (確か後半で)戦車のラジコンが出て来て、なんやら印象的だったんですが・・
    すっかり忘れてしまった(×_×)

    YOU演じるお母さんが息子に「浣腸の刑!」とか言うのがちとドキドキものでした(おいおい)

    TiM3

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  7. >TiM3さん。
    劇場で観るという正しい映画鑑賞からずいぶんと遠ざかっています。今観たいのはポニョかな(笑)。

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