2009/09/24

ガマの油芸術論

熊八「こんちわ!」
隠居「おや、誰かと思えば大工の熊八じゃないか。どうした、ベレー帽なんかかぶって。ははーん、さてはお前さん、最近薄くなったアタマを帽子で誤魔化そうって寸法だな。」
熊八「ダンナ、永らくお世話になりましたが、いよいよあっしも晴れの門出となりました。」
隠居「はて、気が触れるのは昔から春と相場が決まっているが、昨今は秋に気が触れるのがはやりかい?」
熊八「ダンナ、あっしはビートルズや村上春樹みたいなゲージツカになりたいんです。」
隠居「ほう、見上げた心がけだが、お前は芸術がどんなものか、知っているのかい?」
熊八「ダンナはご存じなんで?」
隠居「芸術って言うのはな、ハチ、ありゃあガマの油だ。」
熊八「ガマの油ってえと、あの筑波山の。」
隠居「そうじゃ。筑波山麓には、前足の指が四本、後ろ足の指が六本のガマガエルがいてな、このカエルを鏡張りの箱に入れると自分の姿に驚いて、悶え苦しみながらタラーリ、タラリと脂汗を流すのじゃ。その脂汗を煮詰めて作ったのがガマの油じゃ。」
熊八「おお、あの、どんな切り傷にも効くというガマの油は、そんなふうにして作られていたんですかい。でもそれと芸術がどう関係するんです?」
隠居「ハチよ、芸術家っていうのはな、人一倍感受性が豊かなので、ついつい時代に先んじてその時代の病にかかってしまうのじゃ。人より早く病にかかるだけではない。芸術家は人より深くその病にかかることで、より深く苦しむのじゃ。
苦しみもがきながら、病と格闘し、その過程である種の体液を分泌するんじゃな。それが芸術作品じゃよ。
何しろ病と取っ組み合いながら分泌する液体なので、この液体には病を癒す力があるんじゃ。」
熊八「ははー。確かにガマの油に似てますな。」
隠居「ビートルズの面々は、十年間その体液を分泌し続けたのじゃ。その体液は多くの人々の心の病を癒し続けた。じゃがついに、ジョンレノンはオノヨーコと出会って病から治ってしまった。おまけにポールも、ヨーコがジョンという疫病神をポールから引き離してくれたおかげで快癒したのじゃ。彼等は病が治ってしまったので、もはや体液を分泌しなくなってしまったのじゃな。その体液で恩恵を受けていた世界の人々は、もはや薬効のある体液が手に入らなくなってしまったので、オノヨーコを恨んだのじゃ。
(ご隠居は眼を細め、遠くを眺める目つきで語る)わしには解散寸前のジョンとポールの様子が目に浮かぶようじゃ。
ジョン「おい、ポール。おいらは病気が治ったので、このビートルズ病院を退院することにしたよ」
ポール「何を言ってるんだ!俺たちはまだ病気じゃないか。退院するなんて嘘だろ!一緒に病気と闘ってきた仲じゃないか。」
ジョン「じゃあな、ポール、あばよ」(ヨーコと去っていくジョン)
ポール「ジョン、GET BACK!!」
熊八「はぁ、そういうわけだったんですか」
隠居「うむ。熊八よ。ビートルズの面々が、そして特にジョンが、ふざけたり茶化したりするのが人一倍好きだった理由がわかるか」
熊八「はぁ、さっぱり。」
隠居「深く病んだ人間が、病に負けて死んでしまわないためには、どうすればよいかの。深く深く病んでいくことによって、人は精神のバランスを崩しておかしくなったり自殺してしまったりするのじゃ。精神のバランスを保つためには、「冗談」や「ふざけ」が不可欠なのじゃ。」
熊八「はー、それで村上春樹は素晴らしい作品と作品の間に、定期的にふざけた本を書くのか。」
隠居「モーツァルトが下らない下ネタが大好きだったのもそういうわけじゃ。精神だけではない。精神が深く病んで、おかしくならないためには、体力も必要じゃ。」
熊八「なるほど。それで村上春樹はマラソンをするんですね。」
隠居「深く病んで、なおかつ死なずに有益な体液を分泌しつづけること。それが一流の芸術家の条件じゃ。」
熊八「芸術家は、病から治っていくと体液を分泌しなくなりますからね。」
隠居「そうじゃ。芸術家は、幸せになると体液を分泌しなくなる。じゃが体液が出ないとガマの油を売ることが出来ないので、何とか体液を出す必要があるのじゃよ」
熊八「どうするんです?」
隠居「わざと不幸せになるんじゃよ。酒に溺れたり、人を裏切ったりしてな。」
熊八「はー、それで芸術家は短命なんですね。」
隠居「長生きする芸術家は、本物じゃな。」
熊八「芸術家っていう稼業も楽じゃないですね」
隠居「お前さんは華やかな一面だけを見て芸術家にあこがれているようじゃが、ガマは油を出そうとして出しているのではない。」
熊八「えっ!そうなんですか?」
隠居「今日のわしの話の眼目はそこにある。油はガマが苦しんだ結果として出てくるのであって、どんな油が出てくるかはガマも知らんのじゃ。人はなろうとして作家になるのではない。病と格闘して出てきた体液に、人々の心を打つ力がたまたま備わっていた時に、人は彼を作家と呼ぶ。体液に薬効があるかどうかは、彼がどれだけ深く誠実に病と取っ組み合いをしたかによって決まるのじゃ。」
熊八「ご隠居、このベレー帽は進呈します。」
隠居「あー、いらんいらん。ハゲがうつる。」
おあとがよろしいようで。

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