2010/01/11

スイングする「運命」

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4年間の浪人生活ののち、念願叶って大学生になった僕は、これもまた念願叶って同じ貧乏な同級生から古いステレオセットを譲り受けた。
その友人は僕とは比べものにならないくらい貧乏で、彼の貧乏揺すりも彼の貧乏そのものに負けず劣らず激しかったが、近所の子供達を集めて下宿で進学塾を始めてから急に羽振りが良くなり、新しいステレオを買ったと言って、古いステレオを軽トラに乗せて僕の下宿に持ってきてくれた。

当時の僕は音楽を心の底から愛していたが、もらいものの古い小さなテープレコーダーしか持っていなかったので、どんなにおんぼろのステレオでも、自分で買ってきたレコードを聴けるというのは何ものにも代え難い喜びだった。

高校時代はジミヘンなどのロック、浪人時代はジャズとブルースにのめり込んでいたが、大学時代はボロボロになるまで繰り返し読んだ五味康祐の「音楽巡礼」の影響でクラシックを聴くようになり、とりわけベートーヴェンとフルトヴェングラーに深く心頭していた。

明けても暮れてもフルトヴェングラー(笑)。
彼の著書や、彼にまつわる著書も集めて耽読し、彼がいかに素晴らしい指揮者であったかを、友達に滔々と説明していたから、彼等も随分辟易していただろう。

大学を卒業後病院に勤めて三日おきの当直が始まり、文字通り血と吐物と便と死体にまみれながら戦場を這いつくばって進むような日々がおよそ3年間ほど続いたあと、ようやく生活に余裕が出てきて、また音楽を聴き始めたけれど、高校、浪人、大学時代ほどの音楽に対する情熱は帰ってこなかった。

最近になって、またふと「運命」が聴きたくなった。
フルトヴェングラーの指揮する「運命」。
僕が持っていたレコードは、彼の最晩年1954年の録音だけど、第4楽章がやや冗漫で、曲が終わったと思ったらまだ続くというのが当時からの僕の印象だった。
車の中で聴くために、曲をiPhoneに取り込もうと思ってネットで調べたら、著作権切れの音楽ファイルをダウンロードできるサイトを見つけた。
すごいですね。歴史的名演が、これでもかというくらいズラッと並んでいます。
これらがすべて無料。

さっそくベートーヴェンの交響曲を選択すると、フルトヴェングラーの「運命」だけで5つもあります。カラヤンや、その他の指揮者のものも含めると20もある。よりどりみどり。

とりあえずレコードで持っていた1954年の録音と、1947年5月25日の録音をダウンロードしてiPhoneに入れました。
1947年5月25日の録音というのは、戦後フルトヴェングラーがナチスに協力したという濡れ衣の疑いが解けて、禁止されていた演奏を再開した時の録音です。
当時のドイツの人々の興奮はものすごく、彼の演奏を聴くためにお金の代わりに流通していた煙草やコーヒー豆や靴を差し出して我先にチケットを求めたと言います。

さて、その演奏は、すごい!のひとこと。
1954年の録音に比べて、この1947年の録音は、ものすごいエネルギー。
車の中で、スピーカーコーンをビビらせるほどの大音響で聴いていると、音楽の奔流に飲み込まれて、丸太のように怒濤の中を転がり回っているような気分になります。
あるいは滝壺でナイアガラの滝に打たれているような気分というか。(むちゃくちゃな比喩)

聴きながら今更ながら感じるのは、スイング感。
ジャズのスイングやグルーヴとは比較にならないほどの、ものすごいスイング感です。
例えて言うならアフリカ象が地鳴りとともにその巨体を揺らしながらスキップしているような感じ。
第4楽章は、その巨象が地響きをたてながら恐ろしい速度で猛烈にゴールに突進していくような感じ。
おそろしくも、愉快にも、驚愕にも例うべき異常なスピード感です。

いやー。気持ちいい。
ものすごく爽快になります。
ちっぽけな悩みなんか吹っ飛んじゃうかも。

フルトヴェングラー自身も、車の運転はすごいスピード狂だったみたいで、地元の警察からは今度こそあいつをとっつかまえてやると睨まれていたそうですから、このスイング感も彼の肉体のリズム感と、開放されたことの興奮から来る異常なほどの精神の高揚感から生まれたのかもしれません。

アタックNo.1で、鮎原こずえや早川みどり率いる富士見学園チームが全国大会の決勝戦に臨んだ時、本郷コーチは試合直前にチーム全員を控え室に呼びいれます。
いぶかるチームメイトの前でコーチはテープレコーダーのスイッチを入れ、「いいから黙って聞け」とベートーヴェンの「運命」を聴かせます。
不思議そうな顔をしていたチームの全員は、曲を聴き終わったあと、晴れやかな顔でコートに向かい試合に勝利し、優勝を手にするのです。
「なんでここでよりによって「運命」やねん!」と当時の僕は、この取って付けたような展開にくすぐったいような違和感を感じたものでしたが、今にしてようやく本郷コーチの思惑を理解することができました。
わかるのに40年かかりましたが(笑)。

2 件のコメント:

  1. これは素敵なサイトですね!
    早速自分も利用させていただいてます。
    クラシックに疎いのですがフルトヴェングラーのドラマは以前
    なにかの本で読んだことがあります。楽しみです。
    それも探さないと。。笑

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  2. いいでしょ?
    クラシックは僕も昔苦手でしたが、何かひとつ好きな曲があるとそこから広がっていきますよね。
    僕の場合はたまたま録音したランドフスカのゴールドベルク変奏曲をエンドレスで聞きながら受験勉強したのが始まりだった気がします。
    ロックではとても勉強の伴奏にならないんですよ。
    でもそのおかげでクラシックに対する拒否反応が消えました。

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