2010/08/29

バルト的札幌

機内での読書。
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仕事で札幌へ。
機内での読書風景です。
飛行機は苦手です。ほんとは行きたくないんです。
飛行機が落ちることばかり考えるから。
高度を下げると耳が痛くなるし。



夜の大丸
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あーやっと仕事が終わった。やれやれ。
すすき野での懇親会も終わったので歩いてホテルへ。
浮いた話はこれっぽっちもありません。
これは札幌駅の大丸。





夜の札幌駅
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札幌駅。
懇親会で食べ過ぎたのがこたえてお腹が痛くなりました。





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今宵の逗留はここでござる。
よいホテルだったぞなもし(何弁?)。





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北大のキャンパスにて。
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翌朝飛行機の出発まで少し時間があったので北大のキャンパスへ写真を撮りに。






北大のキャンパスにて。
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北大のキャンパスにて。
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北大のキャンパスにて。
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北大のキャンパスにて。
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北大のキャンパスにて。
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消火栓
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fire hydrant
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警告!警告!未確認生物接近中!
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この消火栓は昔「宇宙家族ロビンソン」というテレビ番組に出ていたフライデーというロボットに似ています。
フライデー「警告!警告!未確認生物接近中!」
ドクタースミス「うるさい!このポンコツ!」
岩陰から怪物が出現する。
ドクタースミス「ぎゃ~~~」
ナレーション「岩陰から現れた怪しい怪物!ロビンソン一家の身に危険が!来週をお楽しみに」
毎週こんな終わり方だったように思います。



風鈴
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風にそよぐ風鈴。






L'EMPIRE DES SIGNES  Roland Bartes
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一人の時間がたっぷりあるので
手強くて普段あまり読む気にならない硬い本を持っていくとよいぞな。





書き込む。
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むつかしい本を読む時はさかんに書き込みをするなり。






読書する。
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とてもバルト的な出張でした。
幸い今回も着陸の時に鼓膜は破れなかったし。
飛行機も落ちなかったし。
やれやれです。

2010/08/27

美術館へ。

Torii of Heian Jingu Shrine
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Kyoto Municipal Museum of Art
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Kyoto Municipal Museum of Art
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Exhibition of Treasures of Museum of Fine Arts, Boston at Kyoto Municipal Museum of Art








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六盛
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六盛
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六盛
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六盛のつくばい
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六盛のつくばい
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娘と二人で京都市美術館で開催されているボストン美術館展へ行ってきた。
わかる。
わかるんだよ。

写真を撮るまではぼんやりとしかわからなかったが
色と構図とリズムの面白さ。そして作者が何に興奮して、何を書きたかったのかが、わかる。
そして自分もその絵を見て興奮するんだ。
とても楽しい経験。

モネはすごい。
私は私を捕らえている興奮を、好き放題に描かせてもらうよ。
そう彼が言っているのが聞こえる気がした。

2010/08/23

セスナのマニュアル

地上三千メートルの上空でセスナのパイロットが突然意識を失って操縦桿の上に倒れ込んだ。
隣に乗っていた男は驚いてパイロットを必死に、そして何度も揺さぶったが何の反応もない。
男は青ざめ天を仰いだ。彼にはもちろん飛行機の操縦に関する知識は微塵もない。

男はコックピットを眺める。
無数の計器板、わけのわからないスイッチやランプ。そしていくつかのレバー。
操縦桿を除けば、意味のわかる装置は何一つ存在しない。
冷たい汗が額から眉間を伝わって鼻先からポタリと落ちる。
絶望的な事態とは裏腹に、その瞬間もセスナは時速120ノットで北北西に向かって滑るように巡航し、機内には燦々と日光が降り注ぎ、穏やかなエンジンの音と微かな機体の振動がなければ空中を高速で移動しているとは思えないほど平穏だった。

男は目を閉じて数回大きく深呼吸し、それからゆっくり目を開けた。
視界の傍らのラッチが目に入った。開けてみると分厚いスパイラルのリングノートがあった。
それはセスナの操縦マニュアルであった。
男は努めて冷静に、第一ページから順を追ってマニュアルを読み始めた。
表紙を開けると男前のパイロットがにっこりほほえんでいる。
『ようこそ、セスナへ!』
男は苦笑して次のページへ進む。
着座方法。
エンジン始動前の点検事項。
各メーターの位置と意味。
各レバーとスイッチの操作方法。
エンジンの始動方法。
・・・・
男はまずfuel meterを見て燃料が十分あることを確認した。

やがて最寄りの管制塔に驚くべき通信が届く。
ごく短い内容であったが、素人が操縦するセスナ機が当該飛行場に着陸するという連絡だ。飛行場は緊急閉鎖され、慌ただしく何台もの消防車や救急車が到着し滑走路脇に待機した。どこから聞きつけたのか新聞記者や野次馬も集まってきた。

やがて天井が抜けたような青空から一葉のセスナがゆっくりと近づいてくるのが双眼鏡で見えた。
少しフラフラしているが、ゆっくりと、確実に、飛行場に向かってくる。
機は左斜め上方から緩やかに滑走路の上空数メートルを滑空し、小さなスキール音をたてて接地し、百メートルほど滑走したあと静かに停止した。

割れるような歓声。駆け寄るスタッフ、消防隊、マスコミ、群衆。
大勢が見守る中、セスナのドアがゆっくりと開き中から男が姿を現した。
男は手にしたマニュアルの最後のページの「そして注意深くタラップを降りる」という箇所を読みながらまばゆい光の中を地上に降り立った。

ことほど左様にアメリカのマニュアルは枝葉を尽くして間然するところがない。
この発想のエッセンスを一度理解してしまうと、旧来の日本のマニュアルの不備が手に取るようにわかる。それはあまりに不親切で解釈に幅がありすぎて具体性に欠けており、従ってそれを手にしたものは文字通り途方に暮れるのだ。

私はいくつかの施設で様々なマニュアルを作ってきたけれども、それらはいずれもセスナのマニュアル(それはおそらく都市伝説の一つだと思うが)に代表されるような欧米系のマニュアルを念頭に作成した。このやり方は一度作ってしまえばあとは忘れることが出来るという利点がある。
多少なりともマニュアル製作に携わったものなら知っていると思うが、マニュアル制作者は往々にして各部署からの問い合わせに忙殺されるものだ。しかしこのようなセスナ式マニュアルをひとつ作っておけばあとはみんなが勝手にタラップを降りてくれる。

ただし教育ということに関して言えば、私はマニュアルというものを信用しない。
なぜ私が教育に関してマニュアルを信用しないのか。

印度の古い諺に
When the student is ready, the teacher appears.
「弟子の準備が出来た時に師が現れる」という言葉がある。
本当に大切な知恵は、受け手の能動性を介してしか伝わらないからである。











2010/08/22

8月22日

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大脳の仕事と小脳の仕事

人は幸せを感じたら、もう次の瞬間にはこの幸せはいつまで続くんだろうと思って不安になるという実に因業な生き物だけれども、そしてそれはおそらく大脳の働きなんだけれども、その大脳がまた不幸のどん底の時にこんな不幸がいつまでも続くわけはないと人を救うわけだから結局トントンなのかもしれない。

大脳といえば小脳もあるわけで、小脳は大脳よりも小さいから大した仕事はしていないと思ったらそんなことはない。
例えば僕は内視鏡医なので大腸ファイバー検査をするけれども、まだ初心者の頃は大腸の一番奥まで到達するのに40分くらいかかった。
今は早ければ2~3分で奥まで入る。
この2~3分の間に何を考えているかというと、ほとんど何も考えていない。
小脳はフル回転だけど、大脳は何もしていない。
この時の小脳と大脳の関係をどう言えばわかってもらえるだろう。

例えばアフリカの草原でチーターがインパラを追いかけている。
チーターがものすごい速度でインパラを追いかけている後ろから、どっきりカメラのプラカードを掲げた太った男が汗をかきながら追いかけている。
そのプラカードには、「あ、今チーターが急に右に方向を変えました」とか、「ん?今急に速度を緩めたのはなぜなんだ?」とか「あのインパラはオスなんだろうか、メスなんだろうか」とか書いてある。太った男は息を切らしてプラカードの文字を書いては消し、消しては書きながら必死でチーターを追いかけている。

チーターとパネルの男はそのスピードも仕事の内容も違う。小脳と大脳の関係もこれに似ている。
僕が初心者の頃は大脳だけでファイバーを操作していて、小脳は何もしていなかったからすごく時間がかかった。
今はほとんど小脳だけで仕事をしているから速い。

さて、一人で仕事をしているだけならいいけれども、弟子に仕事を教えようと思ったら自分がやっていることを言葉にしなければならない。
これは大変むつかしい。
あるとき一人の外科医が僕のファイバーを習いたいというので、ただ見ていなさいと言うわけにもいかないので、何とか僕のやっていることを言語化する努力をした。
そしてそのとき、やっと僕は自分が何をしているかがわかったのだ。
ああ、そうか。僕はこういうことをしていたんだと。それはまるで霧が晴れたようだった。

それから僕の仕事のレベルが一段階アップしたように思う。
あるレベルの構造が見えた時に、違うレベルの構造の可能性が見えてくるのだ。
それは例えばプラカードの男が、寝そべっているチーターに近づいてその耳元で「あのね。君はいつもあのバオバブの木の横を全速力で走り抜けるけれども、あそこを左に曲がるとどうなるのかな」と囁くようなものだ。

小脳は日常に寄与し、ほとんど日常全部を主催しているけれども、大脳はあたかも列車のポイントをガチャンと切り替えるように、みずからが陥っている日常から違う日常に進路を切り替える仕事をしている。
列車のポイントにしがみついて絶対に動かさず列車をそのまま谷底に突き落とすようなことをするのも大脳だが、ポイントを切り替えるのも大脳だ。

大脳は普段は何もしなくてよい。だから大脳は退屈していてロクなことを考えない。例えばこの文章のように(笑)。
普段ぐうたら畳の上で寝そべっているおとうちゃんのようなものだ。男性一般がそうなのだろう。
男は普段マッチポンプのような仕事をしている。自分で火を付けて自分で消して、忙しがっている。
退屈しているからだろう。

あ、誤解を招くかもしれないので追記します。
ファイバーを操作中に何も考えないというのは挿入に関してのことです。
医学的なことはもちろん考えています。
またファイバーの挿入のしやすさは患者さんによって大きく異なります。
挿入が容易な場合は2~3分ですが、むつかしければ30分以上かかることもあります。
それとここに書いた大脳と小脳というのは比喩的な命名で、純粋な大脳と小脳の働きとは異なります。
ここで大脳と小脳と称しているのは、言語脳と非言語脳、あるいは意識と無意識と言った方が近いかもしれません。
ただ各々の役割をモノ的比喩で考えるとイメージが膨らみやすいのでここでは大脳と小脳と表現しています。





2010/08/19

人は自らが紡ぎ出した意味の中だけを泳ぐ


朝日の中で信号待ちのバイクの男の黒い背中に
フロントガラスのくもりと埃が重なって見える。
僕は車の中からそれを見ている。
到底写真に撮る価値のない景色。

僕は頭の位置をずらしてみる。
フロントガラスの汚れが男の背中からずれる。
この滑らかな動きをCGで再現しようとしたらプログラムしなければならないだろう。
だが現実は何の逡巡もなく思考の入る余地がない。意味より速く現実は動く。

フロントガラスの曇りにどんどん近づいて
分子が見えるまで猛烈にズームインする。
汚れの分子もガラスの分子も朝日の中でキラキラ輝き、すべては朝日の中で揺らぐ分子だけになる。
もはやここに「よごれ」は存在しない。
よごれの消失とともに写真に撮るに値するかしないかという意味も遙か彼方に消え去る。

僕をうんざりさせている意味や価値の世界は
水の上のパラフィンのように薄く漂っている。

このパラフィンのように薄い世界の上に、
人の考え出す意味や価値がたゆたっている。
死さえもが半紙に書かれた文字のようにこの薄いパラフィンの上で静かに揺らいでいる。
僕たちはこの意味と価値のパラフィンの中だけで暮らしている。
そして実はこの薄いパラフィンを紡ぎ出しているのは僕たち自身なのだ。
僕たちは自らが紡ぎ出した意味の中だけを泳いでいる。
そして僕たちはその意味の中で倦んでいる。







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