2011/06/01

憧れだけが美しい。

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美しさはこの世界の中で路端に転がっている珍しい石ころのように存在していると思うなら
花を撮れば美しく女性を撮れば麗しい。
だが予め埋まっている仁王を無形の木材の中から掘り出した漱石の夢十夜にもあるとおり
掘り出すものが茫漠たる無形の外界に欲望を投射してそれを世界に向かって掘り出すのである。
美しさとは欲望の謂である。美しさとは僕たちの欲望そのものである。
欲望のないところに美しさはない。





4 件のコメント:

  1. 今、夜11時半で、これからやるべきことを片づけてしまわねばならないのですが
    このようなオモシロイお題を見てしまうと、回答したいという「欲望」に打ち勝つことができません。

    木材のような硬質な素材を掘り進めて美しさを導き出す「彫刻」は失敗の許されない厳しさがありますね。
    対する「塑像」は柔らかい素材を使って積み重ねる「やりなおし」の出来る作業です。

    shinさんの文章を読んで、言葉を積み重ねて美しさを求めることは塑像に似ていると思いました。
    その言葉というのは何もないところからは生まれないみたいです。
    何かのきっかけが必要です。何かに触れて感動が生まれたときに言葉も生まれる。
    その感動が美しければ生まれる言葉も美しくなる。
    言葉を積み重ねる作業というのは自分だけでは出来ないものだなと思っています。
    感動を与えてくれる対象が存在して、それが美しいということが必要なんです。
    その「対象」というのは、私にとってはshinさんのこういう「お題」であったり
    他のサイトではお写真だったりするのですよね。
    回答することよりも、お題を提供することの方がどれだけ難しいか…。
    というわけで、shinさんblogとの出会いには感謝しております^^

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  2. cahier-bさんありがとうございます。
    こういう傲慢とも取られかねない言い切り型の言説を提示するときは
    あらかじめ逃げ道としての返事も用意しておかなくてはならなくて、それは
    「あらゆる思想はドグマであり、ドグマはそのドグマを必要とするものにとってのみ真理である」
    というものなのですが(笑)、cahier-bさんなら安心して直球を投げられます。
    嬉しいコメントを頂けるのはブロガー冥利につきます。(^_^)。

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  3. 光があったとしてもそれを反射する対象物が一切存在しないと
    闇は永遠に闇に終わるんだろうな、と私は眠りながら夢想したりします。
    闇のボックスって生命無しの世界で、ゾっとするな〜って...
    少なくとも自分たちの世界はいろいろ不都合があったとしても
    そういう闇のボックスではない、と
    思い直す事で少し安心したりしています。
    shinさんのコメントからはぶっ飛んでいますが。

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  4. hiroshipsさんありがとうございます。
    呟くようにブログに載せた言葉を誰かが読んでくれたり返事を書いてくれたりするというのも
    大海に流したmessege in a bottleを誰かが拾って返事をもらえるという点では
    「希望」そのものと言ってもいいかもしれません。
    僕もできるだけみなさんのブログにコメントを残すようにしています。
    でもコメントを書くのって結構難しいですよね。

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