2011/06/26

グリーフ・ワーク

始めはそんなに怒っていなかったのに口を開いてしまったばっかりにどこからともなく激情が奔流のように溢れ出してきて
制御できない怒りに我ながら驚くことがある。
悲しみもそれだけでは溢れ出すわけではなくて、泣くことを糸口にしているのかもしれない。

つまりたとえば僕たちは悲しいから泣くのではなく泣くから悲しいのだと言い切ってみる。
理屈では到底受け入れられないような出来事に見舞われてそれをそのまま飲み込まざるを得ないときに
人はそれをちゃんと悲しむ必要があってそのために人は泣かなければならない。
「泣く」というゲートを開くことでひとはきちんと悲しむことが出来る。
それと同じように「笑う」というゲートを開くことで人はきちんと喜ぶことが出来る。

医療の現場には「グリーフ・ワーク」という言葉がある。
医師がまだ若くて未熟で患者の家族の気持ちを忖度する余裕がないと
臨終に際して集まった家族になぜ患者が死に至ったかを医学用語を用いて滔々と説明したりする。
家族は呆然としたまま遺体を引き取り慌ただしく事後の処理に追われることになる。
経験ある医師は臨終に際し、如何に患者がけなげに病気と戦い続けてきたかを振り返り
故人が如何に愛すべき人物であったか、故人が如何に家族から愛されていたかを語り、
自分が医療人として好ましい転帰を患者にプレゼントできなかったことを詫びる。
さらに故人の口を潤わしてあげてくださいと言いながら濡れたガーゼを家族に手渡し
順番に故人の口を湿してもらう。
そうしてはじめて家族はしっかりと泣き、しっかりと悲しむことが出来る。
このことがいかに大切か。
仮に故人を深く愛し、懸命に介護してきた場合でさえ
家族は自分が故人に対して十分に愛情を注いであげられなかったのではないかという、
謂れの無い罪の意識にさいなまれるものだ。
グリーフ・ワークは家族の気持ちを救うための大切な仕事である。

泣くことや笑うことが悲しみや喜びのゲートになっているとしても
ただこのゲートは普段から使っていないと油が切れてうまく開くことが出来ない。
たまには映画を見たり吉本を観たりして用もなく普段からゲートを開け閉めしておくことの意味もそこにあるのだろう。

2 件のコメント:

  1. すみません、連コメでしつこいかもしれませんが
    重く深い内容を敢えて書いて下さったので何か応えたいと思いました。
    最初の一文でshinさんの優しさとこの文章の趣旨が分かりました。

    数年前に父を亡くしたときのことを思い出しました。
    担当医はまだ青年の面影を残す比較的若い人だったと思います。
    いつでも患者&家族の気持ちに丁寧に寄り添える人で
    そのお人柄に感動したことを覚えています。
    そして、そんな場面に何度も向かわなければならないことがどんなに大変なことか。
    医師という仕事の大変さも、それまで以上に感じました。

    「ゲートを開け閉め」。
    さりげなくて親しみの持てる表現です。
    こう書いて下さる意味も分かるような気がします。
    ありがとうございます。

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  2. bouquet-nさんこちらこそありがとうございます。
    軽かったり重かったり真面目だったりただのオタクだったり
    一貫性がないのが僕のブログの特徴かもしれません(笑)。

    ただ、医学的なことを書くときにはこんな僕でも何らかのミッションに促されているように思います。
    今日のテーマに関してはいつかは書いておきたいと思っていたので
    少しまとまった文章に出来たので肩の荷がおりました。
    こういう文章を書くと何だかもう思い残すこともなくなってしまって
    終了してもいいかななんて思ってしまいますが
    どうせまたなにか思い出したら書くのでしょう。

    僕はあちこちにこっぴどく頭をぶつけながらようやく学んできましたが
    bouquet-nさんの御尊父の主治医をされたドクターは若いのに偉いですね。
    狂わず腐らず使命を背負っていって欲しいです。

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