2013/12/21

男性の希望が採用する基本的な形態について





大学を卒業してすぐに市中病院に入職し
三日おきの当直生活を丸二年経験したあと僕は念願の消化器内科の仕事についた。
救急病院だったので連日吐血や下血の患者が運ばれてくる。
僕のそれまでの人生で血を吐くひとというものを眼にしたことがなかったので
世の中にはこんなにも大勢吐血するひとがいるのかと驚いた。

明けても暮れても内視鏡で止血する日々。
その間も4、5日おきの当直や呼び出しが続く。
結婚して間もない頃だったが、就寝中はよく自分の患者が死ぬ夢に驚いて眼を覚ました。
夜中にぐっしょりと汗をかいていることも多かった。
妻ともよく喧嘩をしたし、自分の気持ちを扱いきれなくなると
中古のスカイラインに乗ってひとりで夜の街を疾走った。
唯一の娯楽はお風呂で湯船に浸かったまま車の雑誌を読むことで
せめて非現実的な車に思いを馳せることで
かろうじて心の均衡を保っていた。

それから幾星霜が過ぎた。
いつの頃からか僕は車のことを考えなくなり
彼女の美しい姿が僕の意識の表舞台に登場することもなくなった。
不思議なくらい車に対する興味はなくなっていた。
もうこれからはただ老いていくだけだという静かなあきらめは
鍋の中でゆっくり冷えて固まっていく煮こごりのように
僕の意識下を流れる通奏低音になっていた。
あの、カーブでやたらテールスライドするおんぼろスカイラインで
意味もなくギアをシフトダウンしてエンジン音を楽しんでいた青二才のように
車がもう一度僕のイノチに力をくれるなら、それはちょっといい考えかもしれないと
最近ぼんやり考える。それはいずれ覚める悪あがきかもしれないが
こういうのをひとは希望というのではないか。






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