Shin's Blog 304
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芸術論
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2015/01/24
無意識のどぶさらい
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赤瀬川原平の「運命の遺伝子UNA」の最後から二つ目の章「思いがけない因子のUNA」で、彼のライフワークの節目になった「トマソン」が発見されるに至った契機を彼が思い返している。「まず芸術作品への幻滅があった。作品の素材であるスクラップ類を探して、遂に廃品回収の基地であるタテバに...
2015/01/11
アリバイとしての現代芸術
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Nikon D800E with AF MICRO NIKKOR 2.8/55 現代芸術というのは芸術がどんどん自由になって芸術が芸術であるための枠組みを自ら破壊していった残骸のようなもので、それを再生産し続ける限り現代芸術は宗教かファッションかパロディになってしまうという...
2 件のコメント:
2013/04/28
写真の偶然性
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Sigma DP3 Merrill この世界に生起する現象はすべて一回きりであるという点において 等しく尊い 。 だから写真の魅力の根っこにある一回性、偶然性というのは写真における価値の地平でありゼロ地点である。 もしその写真に普遍性があるならそれを担保しているのは撮る...
2013/03/14
作品を立たせるもの
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それは作品の創作だけに限ったことではない。 有益な分泌物を出すこともあれば、更に有害な分泌物を出す場合もある。 すぐに吐き出して悪態をつく場合もあれば、すぐに死んでしまう場合もある。 たた呼吸するように吐く息が作品になる場合もあれば、苦労して流す汗が作品になる場合もある...
2013/03/13
作品が立つ
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写真というものが撮影者の手を離れて独り立ちできるかどうかを決定付けているものは何か。 触覚や嗅覚までをも呼び覚ます克明な描写や偶然性だけでは作品として立ちようがないということについてはこれまで繰り返し述べてきた。 以前 「ガマの油芸術論」 で考察したように私達を感動させ...
2013/02/25
現場物件ト-1号
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昨日のNHK日曜美術館 (天下人と天才たちの器:ゲストは中島誠之助氏)で 古田織部の古伊賀水指「破袋(やぶれぶくろ)」を見た。 難破船から引き上げられた古壷のような、ゴツゴツした表面と異様に歪んだ体躯、 パックリ割れた古傷のような深く大きな裂け目が生々しい。 破綻も破...
2 件のコメント:
2009/10/04
私たちは何を伝えているか
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昨日の朝日新聞週末別冊版beで磯田道史さんは江戸後期の儒学者佐藤一斎の言葉を紹介していた。 佐藤一斎は生徒三千人を抱える江戸期最大の教育者で、西郷隆盛も彼の著「言志録」を座右の書としたという。 その彼が学問と教育について次のような言葉を残している。 「学を為(な)すには、...
2009/09/24
ガマの油芸術論
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熊八「こんちわ!」 隠居「おや、誰かと思えば大工の熊八じゃないか。どうした、ベレー帽なんかかぶって。ははーん、さてはお前さん、最近薄くなったアタマを帽子で誤魔化そうって寸法だな。」 熊八「ダンナ、永らくお世話になりましたが、いよいよあっしも晴れの門出となりました。」 隠居「...
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