2019/09/16

tiny yellow

tiny yellow
Nikon D800E Carl Zeiss Makro-Planar T* 2/50



9月になったしそろそろキノコが顔を出しているかもしれないと思って昨日久しぶりにファットバイクで山へ。
期待していたキノコはまだ少ししか生えていなかったけれど、名も知らぬ小さな黄色い花が咲き乱れていた。
ボディバッグからD800Eを取り出してマクロプラナーの50ミリを装着。
適当に撮ったつもりだけどモニターに写った映像に心を奪われた。
マクロプラナーはとても玄妙なボケかたをする。
キノコはそっちのけで夢中で何枚も撮った。





2019/09/15

珈琲のフィルターをどうにかする

僕は珈琲が好きで日に何杯も飲みます。
かと言って豆の産地や淹れ方などに細かくこだわるタイプではなく、どちらかといえば大雑把に珈琲を楽しんでいます。
そういう大雑把な人のご多分に漏れず僕が愛用しているのは紙フィルター↓
カリタのコーヒーフィルターかんたんドリップ30枚入り×3個セット=90枚879円(アマゾン)

一杯あたり10円で一日3杯飲んでも30円。安いもんです。でも3個セットが一ヶ月でなくなってしまう。
その都度注文したりまとめ買いしたりしていたのですが、最近金属フィルターというものがあると知り興味が湧いてきました。
金属フィルターはちょっと高いけど一度買ってしまえばずっと使える。
それでコレスのゴールドフィルターというのを買った。

でどうだったかというと・・・。
さっきも言ったとおり僕は珈琲についてはマニアじゃないし鋭敏な舌の持ち主ではないから偉そうなことは言えないけど、紙フィルターではあたりまえだった飲み越しのすっきり感がなくなって、いわゆる雑味の占める割合が大きくなってしまった。

うーん。キャンプやハイキングや山登りなど屋外で楽しむならこの味を野趣として楽しむ手はあるかもしれないけど、これが毎日となるとちょっと・・・。
しまったな。またいらない買い物をしてしまった。でも2,600円もしたし捨てるわけにもいかない。どうしたもんか。
それでティッシュを一枚噛ませてみることを思いついた。

cores1

マグにコレスを乗せて




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ティッシュペーパーを一枚




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珈琲にお湯を注いで





cores4

ティッシュペーパーごとゴミ箱へ






cores5

すっきりした味わいの珈琲が完成




いやいやいや。おかしいやろ。これじゃ金属フィルターの意味ないやん。

そうですよね。これは「ティッシュペーパーフィルター」ですよね。
要するにティッシュペーパーを設置できる容器があればいいわけで、ただ金属フィルターはティッシュペーパーの逸脱を防いでくれる役割をしてくれています。
そのために2,600円払うかとなると微妙ですが、買ってから後悔している人にはこのやり方は朗報だと思うのです。
その程度の意味しかありません。
悪しからず。







2019/09/09

レンズ交換を安全かつ簡便に

まずレンズ交換式カメラでレンズを交換する行程を確認してみましょう。

1.カメラからレンズをはずす
2.そのレンズにリアキャップをはめてバッグにしまう
3.別のレンズをバッグから取り出しリアキャップをはずす
4.そのレンズをカメラに装着する

ここで現在装着中のレンズをA、次に装着するレンズをBとします。
すると上記の4行程は以下のように書くことが出来ます。

1.カメラからAをはずす
2.Aにリアキャップをはめてバッグにしまう
3.Bをバッグから取り出しリアキャップをはずす
4.Bをカメラに装着する

さて、多くの場合ひとはBのリアキャップをAにはめようとします。
したがって上記の行程はこうなります。

1.カメラからAをはずす
2.Aを持った手にBも持ち、Bからリアキャップをはずす
3.そのリアキャップをAにはめる
4.Aをバッグにしまう
5.カメラにBを装着する

うーん、危険極まりない(笑)。
とりわけ2の行程が非常に危険だ。
しかし上記のどの行程にも「レンズを手から落とす」危険があるわけです。







これは最近日本でも発売になったGoWingのLens Flipperという製品の紹介動画です。
この製品を使えばレンズ交換の行程は

1.カメラからAをはずしてLens Flipperに装着する
2.Lens FlipperからBをはずしてカメラに装着する

というふうに作業が簡略化され、かつリアキャップをしまうとか探すとかいった面倒がなくなります。
そして行程が簡略化されたことでレンズを落としてしまう危険はおそらく半分以下に減るでしょう。
キヤノンやニコン用はすでに販売されていたので以前から僕もこの製品に興味を持っていたんですが気になる点が2つあります。

第一に動画を見ていただければわかりますがカメラとLens Flipper両方首から下げるとマヌケに見える
第二にキヤノンやニコン用は8,000円位なのにMマウントレンズ用は3万円近くする

第一の問題は別に首から下げなくてもレンズを装着したLens Flipperをカメラバッグに入れておけばよい(僕は望遠などの大きなレンズは使わない)。
でも第二の問題はどうするか。

これって要するにリアキャップをふたつ背中合わせに張り合わせたものに過ぎないよね→自分で作れる。



DSCF0362

エツミのMマウント用リアキャップ(アマゾンで447円、2つで894円也)の裏面をサンダーで平坦化
これをしないと背中合わせに貼り付けたキャップ同士の粘着力が低下する。重いレンズのときに外れるとエライことに



DSCF0364A

セメダインスーパーXで貼り付け



DSCF0369A

完成



DSCF0366A

いいと思います(自画自賛)









2019/09/07

一周回って自分の背中

cascade
Sigma dp0 Quattro




以前小林秀雄の講演を聴いて考えたことを書いたが、彼は講演の中で度々歴史について言及している。
彼は現近の歴史学が客観的な史実の追求をもって事足れりとしていることに苦言を呈し、いやそうではないんだと。歴史を学ぶというのは過去の人間を自らに血肉化し、それによって過去を追体験することなのだと。
歴史学というものをどのように捉えるかはさておき彼の言わんとするところの人生とは実体験そのものであって、それは事実か事実でないかよりも大事だというのだ。
彼の立場は唯心論に近いような気がする。
現代の唯物論的世界観のなかでは彼の立場は甚だ旗色が悪いが果たしてそれは一笑に付すべきものなのだろうか。

物理学の世界でも粒子の位置を正確に知ろうとすると観察者の当てる光によって粒子が移動してしまうため粒子の位置は確率でしか表現できない。
純粋に客観的な事実だけを追求しようとしても最終的に観察者の関与を排除できないとすればそもそもこの世界は観察者コミの世界であって、純粋な客観的事実などというものはありえないということになる。


三島由紀夫の『荒野より』に収められた短いエッセイ「空飛ぶ円盤と人間通」は作家友達だった北村小松氏への追悼文だ。
そのなかで三島は北村氏の書いた小型映画用シナリオの「望遠鏡」という一編を紹介している。
シリウスの伴星を見ようと志して超強度望遠鏡を発明した男が半裸の汗だくで望遠写真を写したところが黒点のみが写っており、あとで妻からそれはあなたの背中の黒子(ホクロ)でしょうと言われ、男の嘆息の字幕でおしまいになる。
「ああ、今度はあまりに遠くが見えすぎたのだ」





2019/09/05

path

path
Sigma dp0 Quattro


Flickr画像の埋め込みが精細に表示されないことではてなブログに引っ越したものの最近Bloggerのひっそり感(*)が懐かしくなってきた。
はてなブログは使い勝手がいいし、はてな村の住人さんたちもみなフレンドリーだけど、気にしまいと思っても読者の目を気にしてしまう。
これは多分僕の思い込みかもしれないけれどはてな村の住人さんたちは純朴な人が多い。
ブログを書くとき僕は自分の心の深いところを掘り下げていくようなことをするので善良な人たちを驚かすような記事はつい遠慮してしまう。
それが僕の中におけるはてなブログの無意識的な制限感の原因だと思う。
Bloggerへの画像貼り付けについてはwidthとheightを適当に手入力すれば上の写真のように妥当に解像する。
はてなブログProに2年契約してしまったことが悔やまれるがBloggerに戻るかもしれない。

(*):Bloggerを「大海原にひとりぼっちの感覚」と表現しているひとがいて笑ってしまったけれどまさにそんな感じですね。
でもむしろそれが居心地がよかったりして。









2019/08/29

flow

flow
Sigma dp0 Quattro
 
 


 
 


なんだ、昨日と同じ写真じゃないかと思われるかもしれませんが前回よりだいぶ滝に近づいて撮ったショットです。
同じように水をテーマにした写真でも海や湖をNDフィルターで長時間露光すると水面が鏡面のようになって幻想的ですが、流れに動きのある川の場合は露光が長すぎると川面がフエキノリのようにヌルッとして気持ち悪い写真になるので1秒内外が妥当かも。
この写真の露光時間は0.3秒。水のウネウネ感がテーマです。
 
 
 

2019/08/27

Sigma dp0 Quattro再び

shinning stream in the forest
Sigma dp0 Quattro


2011年にNikon D700を買った。
初めてのフルサイズで舞い上がってしまい同じく勢いで買ったCarl Zeiss Distagon 21mm F2.8を付けて撮ったのが昨日の写真。
そのままではとても地味なトーンだったので昨日はかなり手を加えてアップした。

ああいった現実離れした画像に対する異論はあると思う。奇しくも今発売中の『アサヒカメラ』の特集が【風景写真が危ない!「レタッチしすぎの罠」】というのでオレのことか!?と笑ってしまったけれども、もともと日本の写真愛好家はリアリズム重視。
しかし某写真家の言葉にみられるように海外の写真家たちはレタッチについて自由な立場の人が多い。写真に手を加えることに生理的な嫌悪感を抱いている人も、有名なマグナム誌の過去のiconicな作品が信じられないほど細かい焼き込みや覆い焼き作業の末に出来上がっていることを知れば少しはレタッチに対する印象も変わるかもしれない。

もちろんやりすぎは禁物だ。けばけばしければいいというものでもない。
僕のレタッチに対する考え方を述べさせてもらうなら、「あるシーンを見てあっ!撮りたい!と思ったその心のゆらぎが写真に反映されていないなら、その心のゆらぎを再現するように手を加えることは正義」という立場。

えーと、何の話でしたっけ。あ、そうそう、昨日アップした写真。
Distagonの21ミリは相性が悪くほどなく手放してしまったのでした。高いレンズだったのにうまく使いこなせなかったのです。その後もSamyangの14ミリとかLaowaの15ミリとか、買ってはみたもののやはり使いこなせず売却ということを繰り返します。

その広角苦手な僕が唯一親密感を抱いているのがSigmaのdp0 Quattro14mm(換算21mm)。
昨日アップした写真に触発されて、よ~し、ここは一発dp0であの川を撮ってみるか!と鼻息荒くあれこれ準備して昨夜は就寝。
今朝は早めに起きて8年前に前述の写真を撮った場所へ。ライカを使いだしてから、もう使うこともないし売ってしまおうかと思っていたGitzoのエクスプローラーという重い三脚を背中にしょって、野鳥の会のブーツを履いて川の中に入っていき、三脚にセットしたdp0にレリーズをつないで撮ったのが上の写真です。
昨日アップした写真と同じ構図で撮りたかったのですがあの写真のような光が射していなかったので川の反対側を撮影。