ラベル 赤瀬川原平私論 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 赤瀬川原平私論 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018/04/01

赤瀬川原平の千円札裁判

原平さんは運とか身体とか宇宙とかに強い関心を持っていた。
それらはコントロールしたいのに出来ないもの、理解したいのに理解できないもの、制御したいのに制御できないもの、統率したいのに統率できないもの、自分であって、自分でないものという共通点がある。
青年期に至るまで彼を悩まし続けた夜尿症とか、いつ止まるかわからない心臓恐怖症とか、そういう理解不能性から来る、わけのわからない恐怖に彼は長く深く苦しんだ。そういった、自分の意思じゃないのに起きてしまうさまざまな現象に対する戸惑い、困惑、腹立ち、恐怖は、彼の生涯にわたる創造の根源だったのではないか。

グリム童話に小人と靴屋というお話がある。
靴屋に代わって夜中に小人が靴を作る話だ。何かわからないが自分のあずかり知らぬところで密かに世の中のゼンマイを巻いているものがある。かさこそ小さな音を立てて床を這っている小さな虫。誰も気にとめずにいる小さな虫が、実は靴屋の小人のようにこの世の中のゼンマイを回しているということに気付いた原平さんは、その虫をつまみ上げ詳しく観察し始める。その虫の名前を「お金」という。

もちろん小学生だって知っている。お金というものが、いや例えば紙幣というものはインクで印刷されたただの紙切れに過ぎないということを。しかし原平さんはおそらく世の中全体を動かしているたてまえの、もっともピュアな象徴として紙幣に強い関心を持ったのだと思う。印刷されたただの紙切れ。その紙切れの何が世の中を動かしているのか。おそらく彼はその秘密が知りたくて拡大鏡でもって紙幣を子細に観察しそれを自分の手で拡大模写したのだろう。いやむしろそこには謎なんか無いということをあばき、知り、自分を納得させるために紙幣の緻密な拡大模写をしたのだろう。
彼の1963年第15回読売アンデパンダン展出品作であるB号券千円札の拡大模写の作品タイトルは《復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る》であった。



2018/02/20

脳内リゾート開発

久しぶりにお風呂に赤瀬川原平さんの「京都、オトナの修学旅行」を持って入った。
修学旅行は小学校、中学校、高校で経験済みだけど、名所旧跡の楽しみかたが分からなかった僕にとってそれはもはや記憶の彼方だ。この本はつまりそういった場所を大人の眼で見たら何が見えてくるだろうという、原平さん独特の面白がり方を楽しむ本なのだ。その冒頭の部分をちょっと抜き出してみよう。

「今回の取材中にも、あちこちのお寺で子供の修学旅行団にはよく遭遇した。みんな列になってお寺の廊下や仏像の前をぞろぞろと通過していくわけだが、それらを興味ある目で見ているところにはあまり出会わなかった。みんな仕方なく歩いている感じが強かった。もちろん彼らの内実は見かけだけではわからぬものだが、でも自分の小・中学校時代の経験を照らしてみても、あの年齢で日本の古美術に接して、ストレートに実感できるものではないだろう。いまは洋服を着て、椅子で食事をして、テレビのキラキラが当たり前になっている現代人の目には、日本美術は地味で、無口で、とっつきにくい物だ。こんな古ぼけた薄暗い物のどこがいいのか、と思うのが正直なところではないかと思う。とくに自分を工夫できない子供にとっては。」

学童期に日本の伝統美術に接することは一概に無意味とはいえない。いやむしろこういったものを見聞した経験は記憶の奥深くに逗まってずっと将来の自己形成に資するものがあるだろう。でも子供の頃に感じたつまらなさのせいで大人になってから関心の向く範囲が狭くなっているとしたらそれはもったいないことだし、この本の面白さや趣旨の一端もそこにある。

さて、でも今日僕が話したかったのはそのことではない。
のんびり湯船に浸かりながらその本の冒頭を読みはじめてふと目に止まったのは、実はこの最後の「とくに自分を工夫できない子供にとっては」というところ。
原平さんの本は楽しく気軽に読めるけれど、うっかり読み過ごしてしまいがちな所々に彼の脳の中を覗き込める穴がある。
この「自分を工夫できない子供」というセンテンスは普段僕達が目にする言い回しではない。自分を工夫するとはどういうことだろう。

それで僕は相変わらず湯船の中でぼんやりこの言葉を巡って連想を遊ばせているうちに思い出したのが彼の「ステレオ日記 二つ目の哲学」のなかの「脳内リゾート開発」という言葉。この「二つ目の哲学」という本は原平さんが立体視が出来るようになった経緯と、自分でも立体写真を撮りはじめてその面白さに夢中になるという、その興奮が赤裸々に伝わってくる僕の格別な愛読書のひとつだが、そのなかに彼のもう一つの大きなテーマであった路上観察について触れている箇所がある。

「この一点で路上観察のニュアンスを伝えるのは難しいが、基本はいま言ったような出来事である。これまで出会ったことのない面白さに次々とぶつかる。様々なタイプがあるわけで、基準になるのは自分の感覚だ。面白い、何故面白いのかと考えるうちに、いままで知らなかった、隠れていた頭の部分に入り込んでいる。だから新しいタイプの物件を一つ見つけるたびに、自分の中の新しい感覚を一つ見つける。路上観察で路上を歩くことは、そのまま自分の頭の中を歩くことなのだ。そうやって未知の頭の中が広がっている。頭の中は限られた場所だと思うのだけど、その中がどんどん広がっていく。ほとんど無限に広がりそうだ。そのようにして脳内リゾート開発の現場に出会う。」

これで思い出すのが原平さんが27歳のときに作った「宇宙の缶詰」という作品だ。カニ缶の内側に缶詰のラベルを貼って蓋をハンダ溶接したものだけど、缶詰の中から見ると(缶詰の中の空間は別として缶詰の外の)宇宙全体を缶詰にしたことになるというものだ。これと同じように考えて、頭蓋骨をクルリと反転させれば宇宙全体が脳ミソになる。つまり世界は僕の脳であり、脳内リゾート開発=世界リゾート開発=無限の広がりということになる。
ま、ちょっとニュアンスは違うけど、「自分を工夫する」というのは自分の中の未開発領域に鍬(くわ)を入れること。今まで全く自分に縁のなかったことは沢山ある。自分にできなかったこともいっぱいある。トシをとってからいろんなことに手を出すのは死ぬまでの暇つぶしみたいな見方もあるけど、自分を工夫することの喜びを感じて生きていきたいと思う。



宇宙の缶詰






2017/04/22

原平さんの「いや」




今日久しぶりに赤瀬川原平さんの「金属人類学入門」をお風呂に持って入った。
僕はいろんな本をお風呂で読むけれどとりわけ原平さんの本が好きでよくお風呂で読むのだ。
その金属人類学入門の最初の方に次のような文章が載っている。

「人間とはそういう生き物らしい。親孝行したいときには親は無し型生物といわれている。いわれているかどうかは知らないが、ちょうどカメラの世界がそういうところにさしかかっているのだ。
いやカメラに限らないことだが、身の回りから急速に金属が減ってきている。もちろん高層ビルは中にたくさんの鉄骨が使われているが、それもしかし最近は柔構造となって、鉄の量は昔にくらべて減っているのではないだろうか。
いや専門的なことはわからない。でもカメラが金属製品でなくなってきていることはわかるのだ。機械製品でもなくなって電子製品になってきている。それはそれで世の中の発展に過ぎないことだけど、何故かカメラファンには不満が広がっている。
いや調査したわけではないが、自分の中のカメラファン度である」

若い頃の原平さんは思考という列車に乗ってどこまでも行ってしまう人だった。
どこまでも、というのは思考の極北、それはいわば「正気の終わる場所」で、その駅にたった一人降りたった彼は、幾度と知れず底なしの孤独と恐怖を味わったことだろう。
思考と理屈の行き着く先はハーレムではなくこの世の理解を絶する理不尽との相克という切り立った崖っぷちであり、それ以上進めば死か狂気しかなく、そこから引き返すには「冗談」や「笑い」という薬が彼にはどうしても必要だったし実際それは彼を救う特効薬だった。

原平さんの「いや」は思考の列車の一両目が地を離れて二両目もそれを追って地を離れようとするところで必ず現れて、彼の足を地面に引き戻す。そこに彼特有のユーモアが生まれる。





2015/01/24

無意識のどぶさらい

stream

赤瀬川原平の「運命の遺伝子UNA」の最後から二つ目の章「思いがけない因子のUNA」で、彼のライフワークの節目になった「トマソン」が発見されるに至った契機を彼が思い返している。「まず芸術作品への幻滅があった。作品の素材であるスクラップ類を探して、遂に廃品回収の基地であるタテバにたどりつき、山のような物品(廃品)の存在感に圧倒された。それを素材にわざわざ作品を作る行為というのが、どうにも貧弱に思われてしまった。でもそれと入れ換えに、当時前衛芸術といわれていたものが世間的に認知されて、正統的な美術館に陳列されていく。そのことのギャップがむしろ面白く、路上の工事中の穴や、横に転がる電柱や、ピカピカ点滅する明かりを、「あ、現代芸術!」といって遊びはじめた」

我々の目の鱗を落とすもっともピュアな物件としての「廃品」が、それだけで驚きの対象として完結しているにもかかわらず、わざわざ作者である私の名前を付けて社会の流通ネットワークに乗せるという行為の浅ましさやいじましさに、彼は釈然としないものを感じていたのだろう。だって、それはもう、そこにあるのだから。なぜわざわざ私の名前をそこに付けなければならないのか。それって「私の」作品? 私が作ったものじゃないのに。現代芸術というものが、かつて芸術と呼ばれていた概念を破壊するために存在するのなら、もはやそれは額縁や美術館におさまらなければならない理由はなく、芸術とさえ名付けられる必要も無く、すでに道ばたに転がっていても不思議ではない。この世界そのものが驚きの物件として存在しているのであり、宇宙の缶詰なのだ。

「人間的に観察すれば、この世の中が隅々まで人間の意図で固められたことへの嫌悪というものはあるだろう。そのような意図を逃れて、路上の無為の物件に面白さの価値を見出す。そういう因果関係はあるわけである。しかしそれは解釈のある一面であり、そのものが無為であればいいというものではない。
私たちは路上観察をおこないながら、私人個体の力では届かぬ創造の力、宗教でいう神の力の片鱗を採集して歩いているのではないかと思う。」        赤瀬川原平「芸術原論」

初期の原平さんは非常にラジカルな前衛芸術家だったけれど、その彼がなぜ路上の侘び寂び物件に価値を見出すようになったかはこの本が解き明かしてくれる。そのモチーフの一つに「意図に対する嫌悪」というものがあって、なぜ彼が意図を嫌うのかを例によって当直明けのお風呂に浸かりながらぼんやり考えていた。

ひとは意図のある作品の前では受け身にならざるを得ない。
まず始めに作者の意図がある。
作品を見る人は必然的にその意図を感じる、あるいは読み解くという立場に立たされる。
作品というものは、作品と出会った最初からそれを見るものにビハインドの立場を強いる。
それが言い過ぎなら、少なくともボールを投げるのは作者でありこちらは受け取る立場である。
原平さんはそれを生理的に暑苦しく感じたのだろう。

路上物件に作者はいない。作者の意図もない。作者も作者の意図もない作品なので、作者の意図を探らされるというビハインド感はなく、見る方にはそれをどう感じてもよいという清々しい自由がある。
現代芸術が、もうここには何も無い、ここに芸術はもとより作者も存在しないというアリバイ物件の陳列であることをやめて、芸術が通りすぎた霧箱の飛跡を発見するという意味を彼はトマソンに見出したのだろう。

そういう、受動的、能動的という視点はひとまず置くとしても「無為であればいいというものではない」とはどういう意味か。
意図というものが意識の日の当たる場所とすれば、日の当たらない無為の物件は無意識の滔々たる流れであり、原平さんというひとは何をしたひとかを一言で言えば無意識の溝(どぶ)さらいをしたひとである。
誰もが見過ごしていたどぶから面白いものを発見するひと。
どぶから引き上げた物件に名前を付けて意識の世界に投げ返すひと。
彼はもとより意識の世界の終わりに最初から立ち続けてきて、意識の終わり、その向こうは恐ろしい底なしの無意識の畔を散歩しながら、シジフォスのように無意識に向かって軽やかに網を投げ、意識のひとが無意識の海に投げ捨てたもののうちの「ほら、これ、あなたが捨てたもの」と彼から渡された物件はどれもこれも思いがけなく私たちの脳の裏側を楽しく刺激するのである。
その、彼自身の脳の裏側を通じて私たちの脳の裏側を刺激する物件を彼はとりわけ面白がった。
そしてそれがなぜ面白いのかを考え続けることで彼は自分がどこに佇んでいるかを自覚し続けたのだろう。









2015/01/11

アリバイとしての現代芸術

DSC_9704
Nikon D800E with AF MICRO NIKKOR 2.8/55

現代芸術というのは芸術がどんどん自由になって芸術が芸術であるための枠組みを自ら破壊していった残骸のようなもので、それを再生産し続ける限り現代芸術は宗教かファッションかパロディになってしまうというようなことを赤瀬川原平さんが「芸術原論」の中で述べている。
なるほど現代芸術がつまらないのはそれがアリバイとしての意味しかないからで、犯人はもうそこにはいないのだ。現代芸術に漂う独りよがりな感じは、それが製作者にとってのアリバイとしてしか存在していないからで、さらにトマソン(超芸術)というのは芸術の枠を飛び出して無意識の沃野(=都市)に飛んでいった蝶(芸術)であり、路上観察学会は捕虫網(カメラ)を持ってその蝶をを追いかけて捕獲しようとしていたのだ。








2014/11/21

僕自身のための赤瀬川原平試論


「赤瀬川さんは、いろいろやったように見えて実はひとつの事をやっていた人なのではないか」という南伸坊氏のコメントが芸術原論展の図録に載っているらしい。
散歩にしても野次馬にしても、「見る」ことで自分という反応体がどんな反応を示すかを面白がるために散歩に出かけるわけで、「自分の面白がり方を面白がる」というのが彼の一貫したスタイルだったのではないか。
だから晩年にすぐれない体調を押して過密なスケジュールを受け入れていたのも外からの刺激で自分の中から何が出てくるかを見たいという、これはもう彼の業のようなものだったのだろう。

僕たちは彼が面白がっていることを通じて面白さを知る。
いや、彼が自分の面白がる様子を面白がる様子を見て彼の面白がり方を学ぶ。
そういう意味では彼は面白がり方の師匠なのであって、例えばトマソン物件にしてもトマソン物件を通じて彼の面白がり方に共振するというのが僕たち赤瀬川ファンの立場で、僕たちは実際には自分でトマソン物件を探しに行ったりはしない。

美術家としての赤瀬川原平の代表作を選ぶとしたら何になるのだろうかと彼の仲間内で話題にのぼったとき、建築家の藤森照信氏は一言「ないんじゃない」と言ったという(赤瀬川原平『全面自供!』)。では彼の取り巻きや彼の著作や行動を愛していた我々は彼の何に欲望していたのか。
それは彼の眼だったのではないか。そう考えると自分の心が一番しっくりする。

たださらに重要な点は実は彼の本質は面白さの探求だけではなくて見ることで彼の中に起きる化学反応にあって、人間という生きものの全体としてのアメーバの動きの一番先端にいる鋭敏な触覚である彼自身が、その触手の先端で触ったものにどう反応するか、自分というリトマス試験紙は今の日本人のあるいは現代人の無意識の総体として対象に触ってどう反応するのかをみることで、アメーバが今いったいどこに進んでいるかを知ることが出来る、そういう面白さを面白がるということを、彼が意識的にやっていたと思われることだ。



2014/04/29

クルマという自己拡充の物語


女性はいざしらず男性は妄想世界に生きているのでクルマに乗る、あるいは車が好きというのはその機能性との感応だけではなくて車にまつわる物語世界に入ることを意味していたりします。つまり男性が乗っているのは車ではなくて「物語」なのです。

日本車にはかつて1964年の日本グランプリでスカイラインがポルシェを追い抜いた話とかいろいろありますが、海外では例えばメルセデスと死闘を繰り広げたアルファロメオのニュルブルクリンクでの伝説の一戦とか、その時のドライバー、タツィオ・ヌヴォラーリのその他多くの伝説(以下Wikipediaより)、例えば
・オートバイレーサー時代、全治1ヵ月の怪我を負いながら病院を抜け出し、ギプスで固めた足でオートバイに跨りイタリアGPを優勝。
・1930年のミッレ・ミリアでは、夜間走行中、先行車に気づかれないようヘッドライトを消して追走し、抜き去って優勝。
・1937年、チェコスロバキアのブルノGPでは、左後輪がパンクしたまま3輪走行を続けて優勝。
・1946年のブレッツィ杯では、外れたステアリングを片手に持ち、別の手でスパナをステアリングコラムに差し込んで操舵し優勝。
・1948年のミッレ・ミリアでは、マシンからフェンダーやボンネットが脱落しながらも力走。
とか、1946年以降彼は燃料に含まれていたアルコールによる排ガスを吸って持病の気管支喘息が悪化し喀血しながらレースを続けたとか(The Motor Museum in Miniatureより

まぁ事程左様にモータースポーツ界にはこういった話がゴロゴロしてるわけですね。
そして私のような妄想がちの男性はこういった物語の匂いに包まれながら車を運転しています。
仮にプリウスのような経済性の権化のような車に乗っている時でさえ燃費トライアルのようなことをしながら車を運転するのが男性という生き物です。

しかし車が利便性や快適性や経済性を追求すればするほどそれは冷蔵庫などの家電製品に近くなり同時に物語からはどんどん遠ざかっていきます。我々男性は夜寝るときに洗濯機の夢をみたりはしません。
まぁそれが原因かどうかはわかりませんが、最近クルマの人気の凋落は目を覆うばかりで、若者はクルマを単なる移動手段、いやそれどころか無駄にお金のかかる不経済な、うるさくて危険でしかも地球環境を悪化させる存在のようにしかみていないようです。これって基本的に女性目線だと思うんですが、それが性別を超えて時代を覆う一大潮流になってしまいました。

では基本的に妄想世界に生きている男性は、今何を妄想しているのでしょう。
それは従来の(車などに代表される)自己能力の拡充ではなくて「コミュニケーション」ではないでしょうか。
しかし男性はもともとコミュニケーション能力は女性より劣っているので充足したいコミュニケーションとは裏腹に、実際にはコミュニケーションがうまくいかない「コミュニケーション不全という空虚なトラウマ」を中心にグルグル回っているようにみえます。うまくいかないコミュニケーション欲はそれでも抑えきれなくなるとストーカー、二次元などの仮想現実に向かえばオタク、というように男性にとっては非常に生きづらい時代になってしまいました。

赤瀬川原平さんは「ピストルとマヨネーズ」(1982年)の「おんなの時代」で、原爆のような、使うことの出来ない最終兵器を発明してしまった人類は、倒すべき敵を地獄に放り込もうにもその地獄で敵と一緒に暮らさざるをえないことになってしまった。そのため敵を倒すことを目的とした自己能力拡充の時代はついに終焉を迎え、敵と仲良く暮らす方法を探っていかざるを得なくなった。それはつまり男性が女性の生き方を学ばないと生きていけない時代になったのだと述べています。
「やたらと人類社会にオカマ言葉が流行っているのも、これまた故なきことではないわけである」
30年以上前の文章ですが未だに卓見だと思います。

しかしどうせ満たされない妄想なら、胸躍るクルマ世界の妄想のほうが楽しいんじゃないかと僕なんかは思うんですが。


2007/07/02

ピストルとマヨネーズ


pistol and mayonnaise, originally uploaded by slowhand7530.

20年前に買った「ピストルとマヨネーズ」。
自分の感情を別人のような視点で観察し、以前に同様の印象を持った出来事との関連から出来事の本質を探っていくというようなメソッドには初めて出会いました。
全く想像できないほど遠く離れた二つの対象が、「私に生じた反応」を契機に関連づけられ、その二つがつながることで思いもよらなかった発想の視点がもたらされるダイナミズム。
自分の心や体を、外界に対するある種の反応系ととらえ、以前にも同様の反応をもたらした刺激との関連から対象の発生の起源を考える。
私たちは普通、私の感情と私を分離することが出来ませんが、ゲンペさんは、ある環境に「自分という実験動物」を放り込んで、その反応を通じて対象の起源を考察しようとしているようです。
分析の内実は非常に怜悧なのですが、対象や自分との距離感が独特のユーモアとおとぼけ感を醸し出しています。

twitter