原平さんは運とか身体とか宇宙とかに強い関心を持っていた。
それらはコントロールしたいのに出来ないもの、理解したいのに理解できないもの、制御したいのに制御できないもの、統率したいのに統率できないもの、自分であって、自分でないものという共通点がある。
青年期に至るまで彼を悩まし続けた夜尿症とか、いつ止まるかわからない心臓恐怖症とか、そういう理解不能性から来る、わけのわからない恐怖に彼は長く深く苦しんだ。そういった、自分の意思じゃないのに起きてしまうさまざまな現象に対する戸惑い、困惑、腹立ち、恐怖は、彼の生涯にわたる創造の根源だったのではないか。
グリム童話に小人と靴屋というお話がある。
靴屋に代わって夜中に小人が靴を作る話だ。何かわからないが自分のあずかり知らぬところで密かに世の中のゼンマイを巻いているものがある。かさこそ小さな音を立てて床を這っている小さな虫。誰も気にとめずにいる小さな虫が、実は靴屋の小人のようにこの世の中のゼンマイを回しているということに気付いた原平さんは、その虫をつまみ上げ詳しく観察し始める。その虫の名前を「お金」という。
もちろん小学生だって知っている。お金というものが、いや例えば紙幣というものはインクで印刷されたただの紙切れに過ぎないということを。しかし原平さんはおそらく世の中全体を動かしているたてまえの、もっともピュアな象徴として紙幣に強い関心を持ったのだと思う。印刷されたただの紙切れ。その紙切れの何が世の中を動かしているのか。おそらく彼はその秘密が知りたくて拡大鏡でもって紙幣を子細に観察しそれを自分の手で拡大模写したのだろう。いやむしろそこには謎なんか無いということをあばき、知り、自分を納得させるために紙幣の緻密な拡大模写をしたのだろう。
彼の1963年第15回読売アンデパンダン展出品作であるB号券千円札の拡大模写の作品タイトルは《復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る》であった。
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