2015/10/31

berries


berries
Nikon D800E Carl Zeiss Apo-Sonnar T* 2/135 ZF2

ファインダーの合焦がそのまま撮像の合焦になることに感動と感謝です。







2015/10/30

修理完了


R0016079a

ピント問題の最終報です。
「規格内であり特に問題ありませんでした」という返事で東京から送り返されてきてガッカリ。
もうニコンは止めてソニーに乗り換えようかとも考えたのですが念のためニコン大阪サービスセンターに電話。
「多少前ピンになっても構わないから何とか調整してもらえませんか」
「わかりました。やれるだけやってみます」
それでD800Eとアポゾナーと1cm後ピンになっている写真を同封して発送。

5日後に電話がかかってきた。
「かなり追い込めました。もうこれ以上は無理だと思います」
「助かります」
で、今日そのD800Eとアポゾナーが厳重に梱包されて帰ってきた。
さっそくテストしてみたらほぼ完治。
どうも今回はニコン大阪サービスセンターで修理されたような気がする。
保証期間を過ぎているのに何と無料。
対応して下さったNさん、ありがとうございました。









2015/10/27

路傍


autumn scene
Nikon D800E Carl Zeiss Apo-Sonnar T* 2/135 ZF2

D800Eは2回めのニコン行きから戻ってきていません。
これは今月初めにどんぐりの表面にピントが合わなくて何枚も撮り直したもののうちの一枚。










2015/10/25

キリスト教のシンボルはなぜ十字架か


6年前に抱いた疑問に対する自分なりの答えとして、以下覚書的に。

アイデンティティというのはたぶんバーチャルな心的世界における私という駒の輪郭のことだろう。
我々日本人にとってはその駒の輪郭というのは駒の内側から紡ぎ出されてくるものではなくて、他の駒との関係性という糸で紡ぎあげられた繭のようなもので、その繭の中で命が拍動している。

西欧人のアイデンティティはエゴ・アイデンティティ(自我同一性)といって、自分という駒の輪郭は明確であり、その駒は操作可能であり、その上部構造であるスーパーエゴがその駒を操作している。かつてスーパーエゴは神であったが、印欧語を採用した西欧人は主語すなわち「私」がスーパーエゴの権利を獲得する。
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」(ヨハネによる福音書第1章)

神を追い出して「私」がスーパーエゴになる。
これは神に対する明らかな謀反なので、西欧人は反逆罪という罪を負うことになる。これがおそらく「原罪」。
彼らが神に許しを請い、神と再契約するためには誰かが生け贄になる必要があった。それがキリストであり、彼が生け贄になることで生まれた再契約、それが新約だ。
キリスト教のシンボルが十字架、すなわちキリストの磔(はりつけ)であるのは、生け贄を神に差し出したことで得た権利(「私」がバーチャル世界の主人であるという権利)を神から買い取った、言わば「証文」としての意味があるからだと思われる。
キリスト教の聖典は新約聖書だが、「新約」は英語ではNew Testament。
Testamentとは証左、あかし。すなわち新約聖書とは神と取り交わした新しい契約書のことである。
(聖典が知恵の言葉というより「契約書」という商取引的な性質を帯びていることに我々はもっと意識的であるべきかもしれない)

悪魔に取り憑かれたひとに向かって神父が十字架をかざすという西欧のホラー映画でよくみられる行為は、おそらく魔除けのまじない的な意味もあるだろうが、その魔除けの効力の根拠として「私は生け贄を捧げて神からバーチャル世界の主人公たる権利を獲得した正統の主人である。おまえはその権利を有していないから去れ」というジェスチャーと解釈することも出来る。悪魔とは「私」に代わってバーチャル世界を支配しようとするもの、スーパーエゴである言語理性の外の世界の住人、無意識や情動など、脳の旧皮質の欲動と関係があるかもしれない。

我々日本人は主語を明らかにしない言語(日本語)を採用しているので、神との間でスーパーエゴを取り合いすることがない。
またそれ以前に我々のエゴは関係性によって構築されており、スーパーエゴによる操作ができず、むしろ操作不能性こそが我々のアイデンティティの特質であったりする。
我々日本人は神に反逆したことがないので原罪がない。原罪がないから生け贄もいらない。
だから我々日本人にとって生け贄をシンボル化した十字架というのは、結局ファッションアイテムの域を出ない。

今僕は新潮文庫の「こころの最終講義」を読んでいるんだけど、そのなかに「隠れキリシタン神話の変容過程」という章がある。
著者の河合隼雄氏が興味を持ったのは、日本人がキリスト教を受け入れるためにどのような加工を新約聖書に施したかということ。これが大変興味深い。
要点は二つある。ひとつは日本版新約聖書では原罪という概念がすっぽり抜け落ちているという点。さらにキリストがはりつけになった理由が人間一般の贖罪のためではなく、救世主を嫌ったヘロデ王による赤ん坊の大量虐殺の贖罪に変化しているという点。つまり我々日本人には、キリスト教の根本教義である「原罪」と「その贖罪としての磔刑」というお話をそのまま受け入れることがやはり大変難しかったということがわかる。

現代の日本人にとってキリスト教が受容可能かどうかということになると、その根本教義である原罪とキリストによる贖罪を抜きにして救いは可能かという問題に至る。
おそらくそれは西洋的自我を獲得した現代の日本人が、強くなったスーパーエゴでバーチャル世界を支配しようとして他者との軋轢に苦しんだ末に、スーパーエゴの独裁という事態を、キリストの磔刑に託して開放されるという形で可能なのではないか。それはかつて八木誠一氏が「キリスト教は信じうるか」(講談社現代新書)(p58)で述べておられた経験のことだ。
つまりキリストの贖罪によって「私」がスーパーエゴの座に就く権利を得るのではなく、彼の贖罪を通じて(彼の贖罪をみずからのスーパーエゴの抹殺ととらえ)スーパーエゴの座に就こうとする「私」を開放するということだ。



2015/10/21

Ansel Adams 20の言葉


ネットで拾ったアンセル・アダムスの言葉を訳してみました。。
ちなみに僕が最も好きな言葉は16番です。


1. "The single most important component of a camera is the twelve inches behind it."
カメラの最も重要なパーツはカメラの後方30cmにある(上の写真参照)。

2. "You don’t take a photograph, you make it."
写真は撮るものではなく、創りだすものだ。

3. "There are always two people in every picture: the photographer and the viewer."
(あなたの写真にはいつも人が写っていませんねと文句をつける人に対して)
「ちゃんと二人いるじゃないか。撮った人と見る人が」

4. "To photograph truthfully and effectively is to see beneath the surfaces."
ものごとの本質を印象的にとらえたいなら表面に隠されたものを見抜くことだ。

5. "A great photograph is a full expression of what one feels about what is being photographed in the deepest sense, and is, thereby, a true expression of what one feels about life in its entirety."
偉大な写真には撮影者が見て感じたものが余すことなく、かつその最も深い意味において表現されているものだ。するとそれは撮影者の人生観を丸ごと写しとったものとなる。

6. "A photograph is usually looked at – seldom looked into."
写真の表面だけを見る人は多いが写真の向こう側まで見る人は少ない。

7. "Photography is more than a medium for factual communication of ideas. It is a creative art."
写真は感じた印象を取り交わすための道具以上のものだ。それは創造芸術なのだ。

8. "No man has the right to dictate what other men should perceive, create or produce, but all should be encouraged to reveal themselves, their perceptions and emotions, and to build confidence in the creative spirit."
ひとが何を感じ何を創造し何を生み出すかは自由だが、自分が何者で、どんなものの見方をし、どんな感じ方をするかを明らかにし、自信を持って新しいものを創造することが出来るようにひとびとを励ますことが大切だ。

9. "We must remember that a photograph can hold just as much as we put into it, and no one has ever approached the full possibilities of the medium."
覚えておこう。写真は私達が情熱を注ぎ込めば注ぎ込んだだけしっかりと答えてくれる。しかし未だかつて写真の可能性を完璧に追い詰めたひとはいない。

10. "Photography, as a powerful medium…offers an infinite variety of perception, interpretation and execution."
写真というパワフルな道具。私たちはこの道具によって無限に多様なものごとの理解と、無限に多様な表現と、無限に多様な制作を自分のものにすることが出来る。

11. "There’s nothing worse than a sharp image of a fuzzy concept."
表現したいことが曖昧なのに画像はシャープというのが写真として最悪だ。

12. "The sheer ease with which we can produce a superficial image often leads to creative disaster."
お気楽な気分で片手間仕事をすると往々にして悲惨な結果が待っている。

13. "Twelve significant photographs in any one year is a good crop."
年に1ダースもいい写真が撮れたら御の字だ。

14. "Landscape photography is the supreme test of the photographer, and often the supreme disappointment."
風景写真は写真家にとって最高の腕試しだがしばしば最高のがっかりに終わる。

15. "Sometimes I do get to places just when God’s ready to have somebody click the shutter."
あとは誰かがシャッターを押すだけ!みたいな、まるで神様がお膳立てしてくれたような場所に私はたまに巡りあうことがある。

16. "The negative is the equivalent of the composer’s score, and the print the performance."
撮影されたフイルムが作曲家にとっての楽譜とすれば、現像はその楽譜を元にした演奏に相当する。

17. "Dodging and burning are steps to take care of mistakes God made in establishing tonal relationships.”
覆い焼きと焼き込みは神様のトーン調整ミスを手直ししてあげる工程である。

18. "A true photograph need not be explained, nor can it be contained in words.”
真の写真に説明は不要だし、文章の添え物みたいな扱いはされるべきではない。

19. "When words become unclear, I shall focus with photographs. When images become inadequate, I shall be content with silence."
言葉で説明することが難しいことに出会ったら、私ならそれを写真で明らかにするだろう。写真で明らかにできなければ黙っていたいと思う。

20. "I am sure the next step will be the electronic image, and I hope I shall live to see it. I trust that the creative eye will continue to function, whatever technological innovations may develop.”
私は写真の未来はデジタルだと確信している。叶うなら生きてその未来を見てみたい。受けあってもいいが、テクノロジーがどんな風に進歩しても創造的な目の持ち主は創造の手を休めることはないだろう。



2015/10/20

my friend, my watch

my friend, my watch


永年組織の中で生きていれば引き受けたくない役目ばかりが増えていく
もとより融通の効かない性格だから軋轢も多い
誰を幸せにしているわけでもなく自らも不幸なら誰のために働くか
救われようのない思いを分つ友を持つ気もないが腕にPANERAI











2015/10/19

growing wild


growing wild
Olympus OM-D E-M1 Carl Zeiss Apo-Sonnar T* 2/135 ZF2



















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