2007/10/24
駄目になった王国
僕は小川で足を洗った。小川の水は冷たくて、ちょっと足をつけていると赤くなった。小川からは駄目になった王国の城壁と尖塔が見えた。尖塔にはまだ二色旗が立っていて、風にぱたぱたと揺れていた。川辺りを通る人々はみんなその旗を見た。そしてこう言った。
「ほらごらん。あれが駄目になった王国の旗だよ」と。 村上春樹「駄目になった王国」より。
なにしろ小さい頃からテレビっ子だった。
ちびっ子大将、どら猫大将、ララミー牧場や宇宙家族ロビンソン、タイムトンネル、ポパイにクマゴローに原始家族、空飛ぶロッキー君などのアメリカのドラマや漫画が大好きだった。
小学校6年の時には夜遅くまで起きて、わくわくしながらアポロ11号の月着陸をテレビで見た。
中学に入学する前から英文法の塾に通い、田崎清忠先生とジェーン・ファーガソンさんのテレビ英会話教室のファンで、お風呂の中でも英会話を暗唱していた。当時の僕のあだ名は「英語きちがい」だった。
高校一年の夏休みにはECCのアメリカツアーに参加した。それは僕の中の最良の青春の思い出でもある。
大学では英語の教科書を読み、卒業後も英語の本で勉強した。
僕はアメリカにあこがれ、アメリカを尊敬していた。呼吸する人が空気の存在に気付かないのと同じで、ほとんど意識することはなかったが、アメリカは僕の生活、思考、情動すべての規範だった。
ある日、一人の研修医が休暇でインドネシアへ行くと言う。僕は彼に、なんでインドネシアなんかに行くの?アメリカへ行った方が勉強になるのにと言うと、彼はアジアの方がおもしろいと言う。アジアなんて、何がおもしろいんだろう。だが彼の一言は不思議と僕の中に残った。
やがて僕自身も河合隼雄やユングや老子や禅や漢方医学を通じてアジアに目が向き始めるとともに、僕の中でアメリカはどんどん魅力を失っていった。
アメリカはもはや、いろんないいがかりをつけては世界中に暴力の押し売りをする単なる「世界のごろつき」に姿を変えていた。ディズニープロダクションの制作する単純なワンパターンのアメリカ映画にも、もううんざりだった。
そして「911」が訪れる。
WTCの崩壊は僕の中のアメリカの崩壊そのものだった。
それは僕のアメリカの命日でもある。
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