2020/03/27

Foveon雑感


riverside
Sigma DP2 Merrill





Sigma DP1を買ったのは2008年3月。
紆余曲折はあったけど、今でも時々DPシリーズを使う。
使うたびに感じるのは「驚き」。
このカメラは、ちょっとありえない写りをする。

ありえないというのは具体的には画像を等倍表示したときの驚くべき細密描写なのだが、ギュッと圧縮されたその細密さは上に掲げたようなたった横640pxの写真でも感じられるのは面白いことだ。

ではこの細密感は画素数を上げれば得られるのかといえばどうも違うような気がする。
ネットでアップされている1億画素の画像を見ても何故かこの細密感は得られない。
我々はFoveonセンサーの画像に何を見ているのだろうか。

Bayer型では平面的に並べたセンサーで補完的に色再現を行っているが、Foveonでは三原色の層状センサーの信号を合成して色再現している。これは3ないし4層の感色層の重なりを持つ銀塩フィルムの色再現と構造的に似ていて、これがFoveonカメラで得られる細密感に関係しているのかもしれない(Foveon型における色再現の問題点はここでは省略する)。

だが僕の言いたいことがこれで尽くされたとは思えない。
ありえない理由を分析してもありえない感覚を読み手に伝えることはできない。
ならば「例え」で話してみよう。

それは相撲の土俵に入ってきたムエタイ選手のような。
ムエタイ選手が乗り込んできてアッという間に横綱を倒してしまったような。
ありえない!なんなん?これ!
試合を終えてさっさと帰っていくムエタイ選手。
場内騒然。いやいや、ルール違うし!
そういう感覚。

えっとですね。何が言いたいかというと、「土俵が違う」ということ。
ニコン、キヤノン、ソニー、フジ、オリンパス、ペンタックス達は相撲をしている。
シグマはムエタイをしている。
だから相撲ファンたちは言う。
シグマはシコも踏めないし弓取り式もできないじゃないか。

いいんです。シコなんか踏めなくても。
ムエタイ選手なんだから。
フルサイズでなくても、手ブレ補正なくてもいいです。
でも可倒式の高解像度ファインダーを付けてくれないかなぁ。










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