私たちを立ち止まらせ、絶句させ、青ざめさせるもの。
それは私たちの物語の外からやってくる。
『なぜなら美は恐ろしきものの兆しにほかならぬから』(Rainer Maria Rilke, 1875-1926)
2009/05/03
2009/05/01
転回場所
今日から5月。
新型インフルエンザ対策で大わらわですが、今日は午前中はフリーなので散歩に行きました。
なべて世はこともなし、という気分。気持ちのいい5月の朝。
野球グラウンドの隣の小さな駐車場。
スナップ写真は未経験ですがGRD2君を買ってから少しずつ練習。
こんなのスナップじゃない!というお叱りの言葉もあろうかとは思いますが。
このカメラを買ったのも何かの縁。
マクロの絵作りもワンパターンになってきたし、これも「転回場所」なのかも。
すこし意図からはずれることをやってみよう。
少し意図から離れた場所へ。
あんまり離れてないけど。
あまり厳密に考えずにパシャパシャ撮ってみる。
DP1なら撮らなかったようなものを。
DP1で表現しなかったような方法で。
ちょっと変えてみよう。
地面に仰向けになって、空を見上げる。
暑い地面が背中に心地いい。
空が高い。
カサカサ音がしたので見に行くとトカゲ。
これはFlickrにアップしたらToshizohさんとNoisyさんがカナヘビと教えてくれました。
ムシャムシャ羽虫を食べてます。
Jurassic Parkみたいです。
フェンスがあって降りれない池。
フェンスがなければ池の畔まで近づけるのに。
これはDP1風の写真ですがGRDです。
今日の写真は全てGRD2君。
シャガの集落がありました。
幻想的な風景でした。
GRDはRAWで撮るのはやめてjpegを連写で撮ることにしたら当たりが増えた。
「連写でGo!」という言葉を思いついたので、今日のタイトルにしようと思ったけど
Googleで調べたら結構おおぜいの人がすでにこの言葉を使っていました。
みんな考えることは同じ(笑)。
実はこれを今日は撮りに来たんです。
ホウチャクソウ【宝鐸草、japanese fairy bells】という植物です。
ほうちゃくというのはの五重塔などの屋根の四隅からぶらさがっている飾りのことだそうで、
この花の形が似ているので付けられた名前だそうです。
このグリーンのグラデーションがきれいでとても気に入ったのです。
おとといもGRDで撮ったんですがうまく撮れなかったので
今日はjpeg連写で挑戦してみました。
まあ100点満点にはほど遠いけど、まあまあでしょうか。
これは天南星です。この根っこをヘビに噛まれた時に傷口に塗って治療したり、煎じててんかんの治療に使ったりする漢方薬の材料ですが、生えているのは始めてみました。
GRD2君ともうまくつきあっていけそうです。
2009/04/30
LEGACY君
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愛車のSUBARU LEGACY 3.0R君です。
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サスはOHLINS。マフラーはCORAZONのHYPER-STREAMです。
2004年の3月に買ったからまる5年。もうすぐ15万キロです。
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いかん。スナップを撮るとこういう極私的などうでもいいことをぺらぺらしゃべり出す。
みなさん全然興味ないですね。
失礼しました。
言葉と電流
最近僕達の社会では言葉に対する関心が高くなっている。
古典を読もうとか、良い文章を声を出して読もうとか、テレビでも漢字に関するクイズはよく見るし、言葉をたくさん知っている芸能人が尊敬される風潮もある。そういった傾向は、再び日本の社会が自分たちのバーチャル世界を構築している言葉の大切さを意識し始めたせいかもしれない。
先日朝日新聞に夜間中学を存続させるために奔走している男性の話が載っていた。
彼は満州で生まれ日本に帰ってからも文字を学ぶ機会がなかったのだが、山谷で働いているときに年配の在日韓国人からようやく文字を習ったのだという。
初めて自分の名前が書けるようになったとき、彼は自分の身体全体に電気が走るのを感じたという。同時に彼は自分が人間になったと感じたのだそうだ。
身体全体に電流が流れる感じというのはよく使う例えだが、彼の場合は実際に電流が流れるのを感じたのだろう。
それはまるで電源のスイッチが入って動き出した巨大なロボットを連想させる。
人は生物として生きていく限りにおいては言葉を必要としない。
だが人間はそうではない。
コンセントの抜けたパソコンのモニター画面が真っ暗なように、言葉は人間というバーチャル世界を起動している電流そのものなのだ。
言葉も大事なのではない。言葉こそが大事なのだ。
我々の社会を動かしているものは、実は言葉だけなのかもしれない。
古典を読もうとか、良い文章を声を出して読もうとか、テレビでも漢字に関するクイズはよく見るし、言葉をたくさん知っている芸能人が尊敬される風潮もある。そういった傾向は、再び日本の社会が自分たちのバーチャル世界を構築している言葉の大切さを意識し始めたせいかもしれない。
先日朝日新聞に夜間中学を存続させるために奔走している男性の話が載っていた。
彼は満州で生まれ日本に帰ってからも文字を学ぶ機会がなかったのだが、山谷で働いているときに年配の在日韓国人からようやく文字を習ったのだという。
初めて自分の名前が書けるようになったとき、彼は自分の身体全体に電気が走るのを感じたという。同時に彼は自分が人間になったと感じたのだそうだ。
身体全体に電流が流れる感じというのはよく使う例えだが、彼の場合は実際に電流が流れるのを感じたのだろう。
それはまるで電源のスイッチが入って動き出した巨大なロボットを連想させる。
人は生物として生きていく限りにおいては言葉を必要としない。
だが人間はそうではない。
コンセントの抜けたパソコンのモニター画面が真っ暗なように、言葉は人間というバーチャル世界を起動している電流そのものなのだ。
言葉も大事なのではない。言葉こそが大事なのだ。
我々の社会を動かしているものは、実は言葉だけなのかもしれない。
2009/04/29
二丁拳銃
今日は祭日。「昭和の日」だとは知らなかった。
いい天気なのでポケットにGRD2、首からはDP1を下げてお山へ。
GRD2
手軽に撮れるので今日はほとんどGRDで撮影。
GRD2
でも結果は450枚も撮ったのにアップに値する写真は4枚。
撮っている最中は快調で、もうこれならGRDだけでもいいかと思ったけど
家に戻ってモニターを見てガックリ。
かなり慎重に撮影しているのにピンが来ない。
ISO80で撮っているのに画像が粗い。
全部RAWで撮ったけど、レタッチする元気もでない。
GRD2
もうRAWで撮るのはやめて連写で当たりを探すか。
GRD2
もちろんカメラが悪いんじゃない。僕の腕が悪いんだ。
Sigma DP1
でもDP1ならしっかり期待に応えてくれる。
Sigma DP1
狙ったとおりの、そしてしばしば狙った以上の絵になる。
それは使い込んだからではなく、買った時からそう。
Sigma DP1
いかん。昨日「期待しない」と言ったばかりなのに(笑)。
2009/04/28
言葉と薬
言葉には適切な用量がある。
多くの場合僕達はしゃべりすぎてしまう。
適切な量は僕達が考えているよりも遙かに少ない。
言葉には作用発現時間がある。
話したことがすぐに実を結ぶわけではない。
十年以上たってから効果が現れることもある。
言葉には一日最大容量がある。
人の頭に入る容量は限られている。
もう今日はそれ以上話さないほうがいい。
言葉には作用がある。
人は言葉によって生き
言葉によって人は死ぬ。
言葉には慎重投与がある。
言葉は慎重に選び
聞き手の反応を見ながら語らなければならない。
言葉にはアレルギーがある。
話す相手によっては過剰な拒否反応が生じる。
そしてそれはたいてい予測がつかない。
言葉には副作用がある。
言葉はしばしば良くない反応をもたらす。
その言葉を発した人の知らないところで。
言葉には禁忌がある。
時・人・場所によって使ってはならない言葉がある。
言葉には有効期間がある。
その言葉が有効に作用する期間は意外に短い。
最近僕が服用している言葉は「期待しない」です。
これは日野原重明先生の処方。
職場でイライラしそうな時もこの言葉を呟くと心の中のもやもやが消えてすっきりします。
ああ、ホントによく効く。
出来るだけ永く効いて欲しいです。
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