2011/04/12

P4128948












P4128966












P4128967












P4128982












P4128991












P4129003
PILOT INK RED

2011/04/10

インクが徐々に増えてきた。

土曜日に職場に置いていたインク瓶を全部家に持って帰ってきた。

モンブランのロイヤルブルー
モンブランのブラック
セーラーの極黒
セーラーの青墨
Kobe INK物語の塩屋ブルー
プラチナのピグメントブルー
ウォーターマンのブルーブラック

で、家においていたのは
セーラーのブルーブラック
セーラーの海松藍

全部で9個。
そのうちのどのインクをどの万年筆に入れたかというと

キングプロフィットには極黒
モンブラン149には海松藍
中屋ライターにはセーラーのブルーブラック
プロギアスリムミュージックにはプラチナピグメントブルー

海松藍はすごく気に入ったけど、もう手に入らないなら他のインクを探さなくちゃ。
市販されているインクの中ではドクターヤンセンのディケンズが海松藍に似ているような気がするんだけど。

それは市場なのか畑なのか

P4108931

本を電子化すると情報を探して入手する手間が省けて、とても便利になるというのは何でも手に入るスーパーに似ている。
書物にはそういった市場(いちば)のような面があるけれども、また一方で書物には耕さなければ収穫できない畑のような面もある。

自分という畑からこれまでとは違う作物を収穫したくなったら、どう耕せば良いのかは他人から学ばねばならない。
書物を読むという行為は他人の畑に入って他人が耕した畑を自分でもおさらいしてそこを耕すようなものだ。

そしてその他人の畑を耕すときに、線を引いたり書き込みをしたりページの耳を折ったり、寝転んで胸の上で本を温めたり本を抱いて寝たり呆れて本を投げ出したり読み終えたページの分量を指で挟んでニヤッとしたり、以前の自分の書き込みに呆れたり、その書き込みを線で消して上から新しい書き込みをしたりといった書物との付き合いからしか新しいアイデアは生まれないんじゃないだろうか。

だから最近僕が万年筆やインクに耽溺していることの言い訳がここから始まるわけだが、本という畑を耕すための鍬(くわ)がペンで、インクは畑に撒く水のようなものだ。

本の匂いを嗅いだり触ったりするのは畑の土をハダシの足で踏んで土の冷たさや暖かさを直に足の裏で感じたり、土の匂いを嗅いだりすることにつながっていて、筆記具の手触りは鍬の柄の手触りで、インクの匂いは畑に撒いた水や肥料の匂いのようなもので、そういう脳の仕事の中でも特にプリミティブで生産的で肉体的な部分は物質感というものが不可欠な気がする。

だからこの世の中から本もペンもインクも紙も鉛筆も無くなってパソコンとキーボードだけになったら人間の知的生産性はかなり落ちると思う。
畑が無くなってスーパーだけになったら誰が野菜を作るのだろう。



P4108943










P4108935

2011/04/07

海松藍

P4068909

セーラーの季節限定インクの海松藍(みるあい)です。
日本の伝統色の一つで、海松(みる)という海藻の色と藍色の中間の色。










P4068887

この暗く濁った黒緑色に一目惚れしてしまいネットで探しましたがどこも売り切れ。
去年の春の限定色だったらしく、再販の予定もなさそうです。
日夜、ああみるあいみるあいと呟きながらネットをさすらっていると
ヤフオクで一瓶だけ見つけてようやく手に入れることが出来ました。










P4078921

黒に近い緑です。










P4078914

もう少し薄い色にするために古いモンブランインクの空き瓶に海松藍を7mlと水4mlを混ぜて










P4078923

こんな色。
ただしインクの粘度は落ちます。









P4088927

インクの粘度が低いので書く速度のギアをセカンドからトップに入れてみよう。
ギュイーン。









P4078920

というインク遊びの巻でした。

2011/04/02

引き裂かれてあること。

P3188217


西洋の思うがままにならないように、僕達が僕達であることを失わないために、
あえて僕たちは僕達であることをやめて彼らの流儀を採用したのだろう。
彼らの流儀を採用はしても、僕らが僕らであることをすっかりやめたわけではなくて、
僕らは僕らでありつつ僕らの本来のあり方ではないという、引き裂かれた状態を、
僕たちはこれからもずっと引き受けていかなければならない。

先日テレビで見たジブリの特集で、もののけ姫の完成間際に、
プロデューサーの鈴木敏夫さんが宮崎駿監督にダメだしをして、(自然の破壊者である)エボシ御前を殺すように言う。
一度は了承した監督は翌日鈴木氏に「やっぱり殺せない」という。
僕たちは自然を破壊しながら生きていかざるをえない。苦しみながら。
その運命を引き受けながら生きて行くしかない。
引き裂かれながら。

2011/04/01

命というものが。

P4018728


命というものが、単にこの世の始まりから終わりまでを情報の入れ物として自己複製するだけのものなら、なぜそんなエントロピーの低い難しいことをやろうとするのか。土くれのままじっとしておれば良いではないか。もちろん見事な造形は神秘でしか説明できないわけではなく複雑な機構がその機構を自己反復するシステムの安定した系だけが残っているのだと言えば、全ては結果で説明できてしまうけれども、やっぱり僕には切っても切っても生えてくる、刈っても刈っても新しい工夫を携えて蘇ってくるイノチのエネルギーというものが土くれ的安定をぴょんぴょん跳ね除けて伸びていくさまがドライでクールな科学的視点を嘲笑っているようにしか見えないのだ。

twitter