2021/02/12

#112


#112
Nikon D800E AF MICRO NIKKOR 2.8/55













2021/02/11

#111



Nikon D800E Ai AF Nikkor 28mm F2.8D













2021/02/10

#110


#110
Nikon D800E Ai AF Nikkor 28mm F2.8D









このニコンの28ミリを買ったのはいつだったか、購入履歴を調べたら2015年。
当時の日記によれば現場を離れて慣れない管理業務に伴う重度のストレスで耳鳴りが始まった年。iPad mini3を買った年。パネライを買った年。ウエリントンメガネを買った年。広島へ赤瀬川原平芸術原論展を観に行った年。百日咳にかかった年。生涯で初めて仕事が楽しくなくなった年、ということでつらい冬空のような一年だった。ひとはストレスに晒されるとやたら買い物をするのだろうか。
フォトヨドバシのこのレンズの紹介記事の
”かなりの周辺落ち、こってりした色のりが郷愁を誘うような光景にぴったりな1本。(中略)地上に沈殿する空気を捉え、空の色を余すこと無く塗り込むこのレンズは、なかなかトライしがいのある芸術肌の1本です。非常にコンパクトなこともあって、鞄に1本忍ばせるのも容易く、太い鉛筆で塗り込んだような光景を捉える時、アクリルペイントのように盛りを感じる色合いの光景に出会ったときにマウントすれば、面白い画が撮れるのではないでしょうか”というKさんの名文にころりとまいってしまった。

しかし僕にとってはかなり手強いレンズだった。クセが強いからではない。もともと周辺光量落ちを期待して買ったレンズだし、見るべきスペックがないのは折込済み。まぁどちらかといえば当時憧れだったライカ的なスタンスを期待していたのかもしれない。でもそういった、光と影のグラデーション、色のトーンの変化にマッチした被写体になかなか出会えず、というか僕の眼が育っていなかったせいで御多分に洩れずしっかり持て余してしまった。なんとか使いこなそうといろいろ撮り方を工夫したがうまくいかず、2017年の2月を最後に防湿庫の長い眠りについた。

防湿庫の片隅は意識の片隅でもある。売ってしまおうかとも思うが思いきれないのは出しそびれた宿題のようなものだろうか。
今回積極的に三脚を使い初めて、マクロにも飽きてきたしちょっと見晴らしのいい写真も撮りたいな、そうだdp0 quattroだ、あぁそういえば例のNikonの28mmも絞って撮ればキリッと気持ちのいい写真が撮れるかもしれないと思って久しぶりに連れ出したが結果はやはり完敗。絞っても線が太いので繊細なイメージにならないという点でdp0とは雲泥の差だ。
やっぱりこのレンズはあかんなぁと思いながら撮れた写真を眺めていたら開放で撮った写真が、あれ?ちょっとええんちゃう?
それでPhotoshopで光と影と色のトーンを調整して納屋の所だけ精細度とコントラストを少し持ち上げてみた。
売らんでよかったか。まだわからんけど。









2021/02/09

2021/02/08

#108


#108
Sigma dp0 quattro










今日の撮影風景



リュックはLowepro Flipside 400AW
中身はNikon D800E, マイクロニッコール55mm
AFnikkor 28mm F2.8, ベルベット85
Sigma dp0 quattro, Sigma DP1 Merrill
CamRanger, ロングプレート etc



大して入っていないのに重い。
量ってみたら8キロもあった。

今日の反省点
V4-unitのハンドルを小さくしたがGitzoの脚を
開くと結局干渉する。
残念だが自家製ハンドルははずして
中軸の締め付けをゆるくして
手で引き出すことにした。

それにしてもdp0 Quattroの写りはやっぱり凄い
想定を上回る結果を出してくれる。
いつものことだけど。





2021/02/07

#107


#107
Nikon D800E AF MICRO NIKKOR 2.8/55




去年の12月にようやく小林秀雄の本居宣長を読み終えた。
秋山(大学浪人時代の友人)とは直接約束を取り交わしたわけではない。秋山が、学問というものに対する憧れや尊敬の念をこの本から学んだのだと誰にともなく独白したことが、自らに課した約束として四十年後の僕にそれを果たさせたのだ。
僕にとって読書というのはその人の世界に入ることだ。その人の世界に入ってひたすら歩く。その世界では晴れの時もあれば曇りや雨の時もある。著者の言うことがとてもよく理解できるときは晴れで、よくわからないときは曇り、さっぱりわからないときは雨だとすると、本居宣長はずっと曇りで時々大雨。上下2巻をずっと曇天の中歩き通した。そうして僕は秋山との一方的な約束を果たしたわけだ。

曇り空の下や雨の中を歩くのはそれほど嫌いじゃない。多くの読書好きは歩くという習慣が身についている。でもあまり曇天ばかりが続いてまったく晴れ間が見えないとさすがに途中で投げ出してしまう。本居宣長に関しては約束だったこともあり例外的に読み通すことが出来た。しかしノドに骨が刺さったままだったので続いて橋本治の「小林秀雄の恵み」を読んだら例によって例のごとく彼は結ぼれをきれいにほどいてくれた。この本も曇りはないわけではない。しかし本の序盤の解錠の喜びが最後まで読み通させるモチーフとなる。晴れたり曇ったりだ。しかし晴れている部分はとても快晴で、「なるほど!」と膝を打つ。それは僕にとって読書の喜びそのものだ。




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