2011/10/04

あまがえるの赤ちゃん

雨蛙の赤ちゃん
Nikon D700 with AF MICRO NIKKOR 2.8/55
View On White

f11で撮っても思ったほど被写界深度が深くならない。
だが絞りすぎると回折ボケが発生する。
フルサイズならf11以上は絞らないほうがよさそうだが。

8 件のコメント:

  1. これは相当寄って撮っているんではないでしょうか。
    肌の質感が触っているかのように伝わってきます。
    単純にF32でどうですか?、と思いましたが、
    確かにボケ方が変わってしまいますね。
    私も被写界深度を深くするためイロイロ
    試して見たくなりました。

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  2. 凄いですね。
    マクロってあまり使ったことはないのですが、
    こういうのを撮るのはいいですね。

    ついつい、レコードの溝とか撮ってしまう私です。

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  3. photosukeさんありがとうございます。
    >これは相当寄って撮っているんではないでしょうか。
    あ、そうか。近接するほど被写界深度が浅くなるんですもんね。
    ということはもう少し離れて撮ったものをトリミングすればヒントの幅が稼げますね。
    ちょっと邪道だけど(笑)。

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  4. swingphotoさんありがとうございます。
    一時ライカがすごく欲しくなったときにレンズのラインナップを見てマクロレンズが見当たらないのにちょっと驚きました。
    Macro-Elmar 90mmというレンズでもアダプターを付けてようやく50cmまで寄れるということらしいし
    レンジファインダーでは近接のピント確認は構造的に無理なんでしょうね。
    今はとても手が出ませんが、もっと年をとったらポケットからこっそりライカを出してニンマリしたい(笑)。
    それにしてもあのライカで撮った写真の独特の深い味わいのあるトーンはなんなんでしょうね。

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  5. シンプルに考えてみて36×24mm?の撮影素子に
    このサイズでアマガエル君が投影されているのですよね...
    それだけでも何かスゴいです!
    小さな頃、夏休み映画大会校庭編でスクリーンの裏側にまわって
    蚊に喰われながら映画を眺めた事があります。
    それはとても幻想的な出来事でした。

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  6. hiroshipsさんありがとうございます。
    スチル写真と動画の関係について時々考えます。
    ちょっと考えると動画のほうが視覚情報として情報量が多いし時間というパラメーターが加わって次元が1つアップするんですが
    それでも写真を撮り続ける人は撮り続けるし、動画より写真を愛する人のほうが多いんじゃないか。

    それはなんだか動画より写真のほうが印象に残りやすいことと関係があるんじゃないか。
    それはやっぱり人は動画よりもスチルのイメージを記憶する性質があるんじゃないか。

    記憶をコアにしてそれにいろんなネットワークを組み立てるためには
    コアとしての記憶は動画よりもスチルが有利なのではないか。

    そして動画よりスチルのほうが時間のパラメーターがない分一つ次元が低いけれど
    自然界のほとんどのものが動いているのに止まっているというのはむしろ異常なのではないか。
    動いているもの、変化しているものを止めておくというのはありえないことなのではないか。
    僕らは動画よりも写真の方にありえないものを見ているのではないか。
    写真のほうが実は高等なメディアなのではないか。

    そんなことを考えました。

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  7. こんばんは^^
    >止まっているというのはむしろ異常なのではないか
    おもしろいですね、コレとてもおもしろいと思いました!!!
    確かにね、私も何となく思っていたような気がします。
    でも言葉にできるほど確信はなかったんですよね。
    さすがshinさんだなあ^^
    なんだかすっきり眠れそうです。

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  8. bouquet-nさんありがとうございます。
    せっかくデジカメにもムービー機能が付いているのに一向に使おうとしないのは頭が固いからなのか。
    いやたしかに僕の頭は硬いけど、ムービーってそんなにいいか?
    スチル写真には積極的な意味があるのではなかろうか。
    と鼻息荒く主張する私です。ふんふ~ん。(笑)。

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