豊潤な語彙力と華麗な文章に惹かれて高校生の頃に三島由紀夫の小説をたくさん読んだ。
しかしいくら読んでも三島由紀夫が何を言いたいのか僕にはわからなかった。
読者としての僕の側に問題があるのだろうと思ってあきらめずに読み続けたが、やはり三島は僕の心に入ってこなかった。
三島自身が自分の小説を虚構と位置づけていたのだから当然かもしれない。
だがその唯一の例外がこの「荒野より」である。
もうとうに絶版になった昭和五十年発行の中公文庫は、今では本の中まで黄色くなってしまったが、三島の地声が聞こえる貴重な本である。
短編集冒頭の「荒野より」は、三島邸に精神異常の若者が忍び込んだ実話である。
その時のことを三島はこのように綴っている。
『人のいるべきではない私の書斎の、その梅雨時の朝の薄い闇に、慄えながら立っている一人の青年の、極度に蒼ざめた顔を見たときに、私は自分の影が立っているような気がした』
警察に連行される前にその若者は三島に何度もこう言った。
「本当のことを話して下さい」
『あいつは私に、本当のことを話せ、といった。そこで私は、本当のことを話した』と三島は結んでいる。
本当のこと 私は孤独だ
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