ずっと以前。僕が別の病院に勤めていた頃の話。
僕が外来で診察していると、少し離れた別の診察室から患者さんの怒声が聞こえてきました。
まあこういったことは年に数回はあるものです。
多くは待ち時間や医師の説明の仕方、検査の進め方に対する不満です。
ほどなく看護婦さんがこっそり僕に事態の収拾を依頼してきました。
僕は看護婦さんに頼んでその患者さんを僕の診察室に案内してもらい彼の訴えを聞き、同僚医師に替わって患者さんに謝罪しました。
患者さんはその医師の診察を拒否したので、僕が替わりに彼を診察することになりました。
いつもの通り僕は患者さんの訴えを聞き、既往歴を確認し、身体所見を取りました。
するとその患者さんは驚いた顔でこう言ったのです。
「先生、私はこの病院に3年間通っていますが、聴診器をあててもらったのは今日が初めてです」
僕はたいへん驚いて言葉を失い、二人の間に奇妙な時間が流れました。
やがて患者さんは輝くほどうれしい顔になりなごやかな雰囲気のまま診察を終えることが出来ました。
医師が初めて聴診器に接するのは医学部高学年でポリクリが始まる前後でしょうか。
階段教室の講義の休み時間に聴診器のカタログと購入希望用紙が回ってきたりしてああ、自分もいよいよ医者になるんだという高揚感がいやが上にも高まります。
カタログにはナース用の廉価なものから心臓専門医用の高価なものまで載っていますがどうせ買うなら高級なものをという学生と、あんなものは格好だけだから一番安いのでよいのだという訳知り顔の学生もいる中で、
僕は奮発して高価な聴診器を購入することにしました。
講義の休み時間に販売業者から手渡された聴診器を手にすると、まずお互いに胸の音を聞きっこするわけです。まるでお医者さんごっこですね。
昔ダウンタウンの「ごっつええ感じ」に「はーのやつ」というコントがありました。
警察官になりたての松ちゃんが初めて飲酒検知器を配布され、興奮して夜中に起き出して自分でビールを飲んで検知器に「はー」とやって、満足げに再び床につくというコントですが、まぁそんな感じです(笑)。
さて、そんな興奮が徐々に薄れてくるのは病院で働き始めてからでしょうか。
一所懸命に心音を勉強して意識を集中して聴診しても、心エコーに叶わない。
呼吸音もたった一枚の胸部X線に叶わない。
役に立つのは当直帯に来る喘息患者の喘鳴の確認くらいか。それも大抵聴診器を当てなくても聞こえたり。
聴診器に対する畏敬の念がみるみるしぼんでいくわけです。
そのうち医者の中には聴診器を持ち歩かなくなるひとも出てきて、血圧を測る時だけ看護婦さんに聴診器を借りたりするわけです。
僕も外来診察の時に一応聴診器を当てるのですが、心の中では「これはまるっきり儀式だな」と思っているわけです。
でもあるときふと僕は思ったのです。
道具というのは信頼に応えるものだ。
信頼されていない道具は何ももたらさないが、道具を信頼すると見えてくるものがある。
それからは少し前向きに聴診器を使い始めました。
すると今まで聞こえなかったいろんな音が聞こえてくる。
CTでしかわからないほどわずかな肺炎が聴診器を当てると聞こえる。
何より患者の身体の中から発する様々な音に意識を集中すると、患者の存在そのものが巨大な森のようになり、僕はその森の中に入っていくような気がする。
まだ十分に意識が患者に向かっていないときに聴診器によって僕は一気に患者の中に入っていくことが出来る。
不思議な道具。
僕らは知っている意味しか知り得ない。
知らなくても存在する意味がある。
読んで、心にじーんときました。
返信削除私が信頼するドクターは皆さん、聴診器を当ててくれるんです。
中でも尊敬しているある女医さんは、本当に長い時間慎重に聞いてくれます。
余談ですが、私の職場には認知症の人も沢山おられ、ある男性はしょっちゅう「く、苦しいー医者呼んでくれぇ」
と言う男性がいて、たいていはスタッフが気をそらせて落ちつくんですが
どうしようもなく不安を訴える時にはスタッフの「せんせーー!」と言う声が聞こえてくることもあります。
そうすると私がピンときて白衣に聴診器をぶらさげ女医に変身し「どうされましたぁー?」と登場して「診察」し、
整腸剤を1錠渡したりすると、男性は安堵の表情をうかべ、静かになったりします(笑)。
とかげさんありがとうございます。
返信削除とかげさんの身の回りにいるドクターは皆さん立派ですね。
ちゃんと聴診器を使うドクターはあまり多くはないように思います。
とかげさんが女医さんに変身した姿を是非見てみたいです。(^_^)。
大変深いお話、ありがとうございました。
返信削除お医者さんだけでなく、人と接するいろいろな仕事にも通ずる
内容だと思いました。
soltylifeさんありがとうございます。
返信削除僕はもともと人と接するのが苦手なんですが
この仕事を通じて嫌も応もなく人との接し方を学ばざるを得なかったというのが本当のところです。
人は一番苦手な分野に配属される定めにあるのでしょうか(笑)。
いつも楽しみにさせていただいています。
返信削除キモチに残って、コメントさせていただきたいことは山のように有るんですが、
言葉にするのが難しくて。
触れること、聴くこと、見ること。
繋がる、接する、と気軽に口にしてしまいますが、
その事実の深さは、計り知れない程違いが有るんですね。
本当に大きなエネルギーが要りますね。
毎日を、出会うヒトを、一人ずつきちんと特別に感じることは、
本当に大切なんだなあと、改めて考えさせられました。
覚悟を含めて、反省です(笑)。
これからもよろしくお願いします。
bouillonさんありがとうございます。
返信削除いやむしろ僕はどちらかというと雑な人間で
人を傷つけることに鈍感な方です。
bouillonさんの撮られる写真からは
僕にはない丁寧さや深さを学ばせていただいています。
こちらこそどうぞよろしくお願いします。