2021/09/07

SIGMA Photo ProのX3 Fill Lightはなにをしているか

 Sigmaの現像ソフトSIGMA Photo Pro(以下SPP)にはX3 Fill Lightという他の現像ソフトにはないちょっと変わった操作用パラメーターがある。スライダーを右に移動すると暗部が立ち上がってHDRっぽくなり、左に移動すると明暗の分離が強くなり中間域はボケて横山大観の朦朧体風になるという非常に面白いパラメーターだ。写真を始めて間もない頃は何でもない写真がこのパラメーターで一挙にアートっぽくなるのが楽しくて、それがまたSigmaのカメラにはまる大きなきっかけになった。
10年以上前から気になっていたが最近ふたたび初代DP1で写真を撮るようになって今更ながらこのX3 Fill Lightというパラメーターが一体何をやっているのかが知りたくなった。
例を挙げながら考察してみよう。


Sigma dp0 Quattro
今年3月に渓流で撮った写真。ISO100 F8 ss0.2。SPPの現像パラメーターは全てデフォルト


Fill Light +1.0


Fill Light +2.0

Fill Lightを+側に寄せるほど明るい部分はより暗くなり、暗い部分はより明るくなる
今度はマイナス側に振ってみよう



Fill Light 0.0



Fill Light -1.0



Fill Light -2.0

Fill Lightをマイナスに寄せると明るい部分はより明るく暗い部分はより暗くなり中間の帯域が狭くなる


次に波の描写がどのように変化するかを100%クロップで確認

Fill Light 0.0


Fill Light +1.0


Fill Light +2.0

Fill Lightを+に寄せると明暗差が失われていくが細かな水流のディテールはむしろ明瞭化している




Fill Light 0.0



Fill Light -1.0


Fill Light -2.0

Fill Lightをマイナスに寄せると明暗差が強くなるにもかかわらず輪郭はむしろ不明瞭化している
さらに画像を200%に拡大して明暗の移行部を観察すると↓



Fill Light 0.0




Fill Light -2.0

やや暗い領域がバターナイフで塗りつぶしたようになっている。普通コントラストを強くすると暗部と明部の境界の明暗差が強くなって硬い画像になるが、Fill Lightを下げてコントラストを強くしても硬くならず、むしろソフトになるのは塗りつぶされた暗部の階調がきれいにグラデーションになっているから?

SPPの操作パネルの下の方にトーンカーブを操作できる場所があり画像のヒストグラムを確認できる(初代DP1は非対応)





各Fill Lightのヒストグラムを抜き出して並べる
左からFill Light 0.0, +0.5, +1.0, +1.5, +2.0

ヒストグラムの縦軸はピクセル数、横軸は明るさを表している。上図のヒストグラムの下端に三角形が3つあり、それによって明るさは大まかに4段階に分けられる。今仮にこの4つの明るさを左から順番にA, B, C, Dと名付ける。
曲線内部の面積はその領域のピクセル総数に相当する。Fill Light 0.0ではAの輝度の領域のピクセル数が最も多く、Dの領域のピクセル数が最も少ない。これはこの写真がかなり暗い写真であることを意味している。
さて、Fill Lightを+0.5→+1.0→+1.0→+2.0と増やしていくとどうなるだろう。上図を見ての通り、Aの領域のピクセル数は徐々に減少し、やがてA領域は最小、C領域が最大になる。
暗い領域のピクセルが減って、明るい領域のピクセルが増えたわけだ。このとき暗かったピクセルはどこへ行ったのだろう。
画像の中の一点が私だったとする。私は画像の中で右から3.2cm、下から4.5cmの場所にいるとしよう。[R3.2-D4.5]。それが私の存在する番地名だ。そして私の明るさは2とする。
仮に最初50個あったA領域の明るさ2のピクセルがFill Lightが0.0から+2.0になったとき10個に減ったとすると明るさ2のピクセルのうち40個がどこかへ消えてしまったことになる。
どこへったって、ピクセルが消えるわけはないから、そのピクセルの明るさが変化したということだろう。
ということは、(僕はこれを書きながら考えている)、Fill Lightのシフトに伴う上図のヒストグラムの形態変化は、ゾウを飲み込んだウワバミ(星の王子さま)の中でゾウがうごめいているように内部でピクセルがゾロゾロと横方向に移動したということだ。
それは個々のピクセルの立場で言えば暗い仮面をかぶっていたピクセルが暗い仮面を捨てて明るい仮面を被り直すことを意味している。
この記事の一番上の写真の一番明るい白波が上から3番めの写真ではグレーに変化しているが、これは上図の左端のヒストグラムの山の右端の、少しだけ上にコブのように飛び出している部分に相当するのだが、右端のヒストグラムではこのコブがなくなっている。このコブの部分にいたピクセルが明るい仮面を暗い仮面に変えたわけだ。
Fill Lightというパラメーターを設計した人がFill Light数を増加させたときにヒストグラムをどのように変形させようと考えたか。ヒストグラムの両端にアンカーを打ち込んで移動できなくした上で全体のボリュームを中央よりも右に寄せ、かつ山の起伏をなだらかにすること。Fill Lightを増量するにつれて明暗の差が失われていくにもかかわらず輪郭はむしろ明瞭化しているのは、階調の幅は変えずに各明度に分布するピクセル数を均等化することで明部から暗部まで生きさせているからか。普通コントラストを下げるというのは明度の分布幅を狭くすることだが、Fill Lightでは明度の分布幅はそのままにピクセル高の不均等を均等化させてHDR的な効果を得ているのかもしれない。



左からFill Light 0.0, -0.5, -1.0, -1.5, -2.0

今度はFill Lightをマイナスに振った場合。ヒストグラムの変化から読み取れるのはプラスに振った場合とは逆に分布を左右に寄せて、かつ両端にギュ~っと強く押したために行き場のなくなったピクセルたちが上に伸びて丈がすごく高くなっていること。低輝度の山が左に押しひしがれ、右側の高輝度のさっきの小山は右端の縦軸にへばりついてペッタンコになっている。押す力は左への圧迫の力のほうが強そうだ。これはFill Lightをプラスに振った場合とは逆だ。
Fill Lightの設計者がFill Lightを下げたときにヒストグラムをどのように変形させようと考えたか。ヒストグラムの両端にアンカーを打ち込んで移動できなくした上でA, B, C領域を左へ、D領域を右へ強く押しやり、D領域の右端を残してB, C, Dにはほとんどピクセルが存在しない状態にする。さらにA領域の勾配をリニアにすることで暗部から最暗部への階調がきれいにグラデーションになって、(結果的に?)横山大観風朦朧体が生まれたのではないかと。











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