小学校の時に学研の科学と学習の、「学習」の付録の短編集に載っていたエドガー・ポーの短編「メールシュトレームの大渦」(当時の付録に載っていたタイトルはモスケーシュトロームの大渦」だったと思う)は、ノルウェー沖の大渦に巻き込まれた漁師兄弟の話である。
二人は他の漁師たちが恐れて近づこうとしない大渦の近くで漁をするのを得意としていた。その場所はいつも豊漁を約束されていたからである。だがその日二人は潮の時間を間違えて大渦に巻き込まれてしまう。
漁船は巨大な大渦の中をゆっくりと回転しながら、徐々に渦の中心部、死の奈落に近づいていく。はるか下方の渦の中心部からは霧が立ち登り、そこから全てを粉々に破壊しつくしてしまう渦の獰猛な叫び声が耳を聾するように轟いている。
兄は、いずれ船ごと自分を飲み込んでしまう大渦の死の恐怖で気が狂ってしまい、じっと渦を見つめたまま動かない。弟も茫然と渦の中を眺めていた。
やがて弟は、大渦の斜面を回転している自分の船以外の材木や芥を見ているうちに、物体の形によって渦への落下速度が異なることに気が付いた。そして円筒形をした物体の落下速度がもっとも遅いことに気が付き、船にあった樽にロープで自分をくくりつけて船から飛び降りるのである。
何時間経過しただろう。徐々に樽につかまった彼と船の距離は開いて行き、遠く下方に見えていた船は、兄もろとも渦の中心に吸い込まれてしまう。
やがて月が昇り、次第に渦の中心が上昇し、ついに渦は消えて、彼は仲間の漁船に救助される。
兄は死に、弟は生き残った。何が二人を分けたのか。
兄は、「死」という脳が作り出した将来のバーチャルイメージに捕らえられたまま死んでしまい、弟は渦の斜面のリアルを足場に生還した。
脳は人を殺す。
脳はみずから作ったバーチャルで人を殺すのである。
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