2021/03/04

「~かな」という接尾辞


#129
Nikon D800E Tamron 90mm F2.8







 
2~3年前からテレビの街頭インタビューなどで「~かな」「~なのかなと思います」という言葉をよく耳にするようになった。
街頭インタビューだけでなく最近は政財界の要人や官僚や地方自治体の長や学者などもマスコミの取材などでこの接尾辞を使うようになった。

「かな」を大辞林で調べると「か」は終助詞で疑い・問いかけの気持ちを表したり確かめの気持ちやを表す。「な」は同じく終助詞で、話し手の希望や決意、また、聞き手に対する勧誘を表す。
とある。(ちなみに「かな」は最下欄(※1)参照)

僕の印象ではこの接尾辞が用いられる状況はだいたいきまっていて、それは
ある出来事の原因や背景を問われて、自分ではAが原因と思っていてもそれを公言するとポリコレ軍団(笑)から叩かれるんじゃないかとか、「偉そうに」と思われるんじゃないかとか、発言の責任をとらされるんじゃないかとかを恐れていて、でも自分としてはこう思うということを、ひとりごと的に言ってみました、独り言だから責任は取りませんけどね的な、大阪弁の「よーわからんけど」や「しらんけど」に「な」を付けて、「よーわからんけどな」という、つまりは「逃げ」と「でも共感は欲しい」的な状況で用いられる接尾辞なのだろうという気がする(※2)。

まぁ猫も杓子もこの接尾辞を使い出したのはこういう「責任は取りたくないけど共感は欲しい」的な時代の要望に合っていたからというのはわかるけれども、男らしく(この時点ですでにセクハラ(笑))自分の発言に責任をとって、「~と思います」「~と考えています」という清々しい言い切りが減ったのは悲しむべきことじゃないの「かな」。







※1 かな(連語):〔終助詞「か」に詠嘆の終助詞「な」の付いたもの。近世江戸語以降の語〕文末にあって、体言または体言に準ずるもの、動詞・形容詞およびそれらと同じ活用型の助動詞の終止・連体形に接続する。
①軽い詠嘆の気持ちを込めた疑問の意を表す。「あの人はひとりでうまくやれる━」「どうしてそんなに怖いの━」
②自分自身に問いかける気持ちを表す。「お茶でも飲もう━」「もうそろそろ向こうに着く時分━」
③(「ないかな」の形で)願望の意を表す。「だれか来ない━」「はやく帰らない━」

※2  大阪弁の「よーわからんけど」や「しらんけど」は責任逃れというよりは、「所詮他人事なのに放っておけず余計なおせっかいをしてしまった自分に対する照れ隠しでわざと冷たく突き放した言い方をする」という、ま、微妙な愛情表現だと思う。もと大阪人の端くれとして擁護すれば。



0 件のコメント:

コメントを投稿

twitter