2021/03/07

無駄は無駄か


#131
Nikon D800E Tamron 90mm F2.8






先週107歳で亡くなった篠田桃紅氏著『一〇三歳になってわかったこと』幻冬舎より

人は用だけを済ませて生きていくと真実を見落としてしまいます。
真実は皮膜の間にあるという近松門左衛門の言葉のように、求めているところにはありません。
雑談や衝動買いなど、無駄なことを無駄だと思わないほうがいいと思っています。
無駄にこそ、次のなにかが兆しています。用を足しているときは目的を遂行することに気をとられていますから兆しには気がつかないものです。
無駄はとても大事です。
無駄が多くならなければだめです。
お金にしても、要るものだけを買っているのではお金は生きてきません。
安いから買っておこうというのとも違います。
無駄遣いというのは、値段が高い安いということではなく、なんとなく買ってしまう行為です。
なんでこんなものを買ってしまったのだろうと、ふとあとで思ってしまうことです。
しかし無駄はあとで生きてくることがあります。
私は3万円だと思って買ったバッグが30万円だったことがありました。
ゼロを一つ見落としていたのです。
レジで値段を告げられて驚きましたがいい買い物をしたと思っています。
何十年来そのバッグを使っています。
そして買ってしばらくしてからそのバッグの会社オーナーが私の作品を居間に飾っていることを雑誌で知って、あらお互いさまね、と思いました。
時間でもお金でも用だけをきっちり済ませる人生は1+1=2の人生です。
無駄のある人生は1+1を10にも20にもすることができます。
私の日々も無駄の中にうずもれているようなものです。
毎日、毎日、紙を無駄にして描いています。時間も無駄にしています。
しかしそれは無駄だったのではないかもしれません。
最初から完成形の絵なんて描けませんから、どの時間が無駄でどの時間が無駄ではなかったのか分けることはできません。
なにも意識せず無為にしていた時間が、生きているのかもしれません。
つまらないものを買ってしまった。ああ無駄遣いをしてしまった。
そういうときは私は後悔しないようにしています。
無駄はよくなる必然だと思っています。

きょじつ-ひまく【虚実皮膜】の意味~新明解四字熟語辞典
芸は実と虚の境の微妙なところにあること。事実と虚構との微妙な境界に芸術の真実があるとする論。江戸時代、近松門左衛門ちかまつもんざえもんが唱えたとされる芸術論。▽「虚実」はうそとまこと。虚構と事実。「皮膜」は皮膚と粘膜。転じて、区別できないほどの微妙な違いのたとえ。「膜」は「にく」とも読む。


無駄な買い物ばかりしている僕にとって天啓のような言葉だが、彼女の言葉に励まされて、なるほど!よーし、オイラもこれからもドンドン無駄な買い物をするぞという気持ちになるかというとちょっと違う気がする。
篠田さんと僕では同じ無駄でも無駄の方向が違うんじゃないか。

例えば彼女の普段の佇まいやアトリエの様子を見るととてもスッキリしていて、僕の部屋のように愚にもつかないものやなんの意味があるのかさっぱりわからないものが乱雑に積み上げられている様子がない。
おそらく彼女の無駄はトーンが統一していて、あくまでそのトーンのなかで、今は無駄かもしれないが将来役に立つかもしれないものを無意識に選別しているのではないか。だから30万円のバッグを買って身過ぎに感じても、ずっと使っているうちにバッグが次第に自分に馴染んできて「無駄じゃなかったな」と述懐できる。
さらに彼女の場合は虚実皮膜という、いわば意識と無意識の波打ち際に打ち寄せられた貝殻を拾うことを、おそらく創作の産湯にしているので(僕の勝手な想像です)、一見無意味なものがむしろ大切な意味を持っているのだろう。無意識の世界が大きければ大きいほど打ち寄せられる無意味も豊潤であるに違いない。

でも僕の場合は単なる思いつきや一時の激しい思い込みで手に入れて、時間が経つにつれて熱が冷めるだけならまだしも、どうにも使いあぐねて手放してしまうのだから、篠田さんのように「そういうときは私は後悔しないようにしています」とは言えない。そういった自分の身の回りにある無駄な物品は、少なくともその時僕は自分の欲望に忠実であったのだという、単なるアリバイ物件としてしか居場所がないようなのだ。
ただ思い返してみれば「トーンの統一がない」というのが僕のそもそもの有り様なら身辺がとっちらかっていても、それはもう仕方がないんじゃないかとも思う。たぶんこれからも後悔しながら無駄な買い物をしていくのだろう。

追記:そういえばむかし見たテレビのムーミンではジャコウネズミさんという哲学者がいつも「無駄じゃ無駄じゃ、すべては無駄じゃ」と呟いていましたが、あながちこの言葉も無駄ではないのかもしれませんね。










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