2009/08/27

わーい!

Honey


今日仕事から帰ってきたら山の友達からプレゼントが届いていました。


Honey

100%天然のハチミツです。
疲れも吹き飛びました!
プーさん状態(笑)。
とーしさん、yuukoさんありがとー。

2009/08/19

電気が点いた日

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さんまのからくりテレビなんかを見ていると、猛烈に大人びた子供たちが登場してきてびっくりしてしまう。
ただの大人じゃなく、「すれきった大人」にしてようやく口にすることの出来るような言葉をしゃべっている。
まあ、あれはやらせなのかもしれないけど、先日ニュース番組でお盆の帰省電車から降りてきた小学校低学年位の女の子が、インタビュアーから今後の夏休みの予定を聞かれて、「まあお父さん次第だね」と答えるのを見て、そういう時代なのかと思った。

僕が子供の頃は果てしなく「ぼー」としていたような気がする。
今のテレビに出てくる子供達が「覚醒している」子供達とすると、僕の子供時代はまるで「朦朧(もうろう)状態」だ。
たまに自分の小学校の卒業アルバムを見ると、笑ってしまう。ほかの子供達の多くが「覚醒」した顔をしているのに、僕だけバットで思い切り頭を殴られたあとのような、視点のあっていない顔をしている。
一体この子はどうしたんだろう。
どう客観的に見ても、この子の脳は眠っているじゃないか!

何度も言うようだけど(笑)、だからテレビで覚醒している子供達を見ると心の底から驚いてしまう。
この子達は、僕の子供時代とまったく違う。
まるで同じ星の人間とは思えないほどだ。

僕の脳が覚醒し始めたのは、たぶん中学三年のときだと思う。
僕が通っていた中学は家から歩いて30分位あるので、行き帰りに歩きながらいろんな事を考える。
ある日学校が終わって、夕方一人でとぼとぼと家路を歩いていた。
左手には国道、右手には稲刈りもとっくに終わった田んぼがあった。晩秋だった。
僕はぼんやり自分の抱える問題の多くが、ある一つの単語に収斂していくことに気が付いた。それは「弱さ」という単語だった。
僕が持っているいろんな問題が、その単語一つで全部説明できることにハタと気が付いたのだ。
僕は非常に驚いた。
その時僕は、頭の中が全部見えた気がした。
それはまさに、僕の部屋の中に初めて電気が点いた(ついた)日だった。

頭の中に電気が点いたのはその日だったが、それからあとも頭の外は暗いままだった。
頭の外の電気が点くのは、それよりもずっと後のことだ。
たぶんそれは30過ぎだと思う。

僕は30歳ごろにようやく頭の外の電気が点いた。
僕の頭の外の電気は、灯台みたいに遠くの方はよく照らすけど足下はかなり暗い。
たぶん帰省電車から降りてきた女の子のほうがずっと明るいと思う。
頭の内と外の電源は一つなので、頭の内側に電力が取られているときはとくに頭の外の灯りが弱くなってしまう。
そんなわけで、この人はいい歳をして身の回りの人間関係がよくわかっていないふしがある。
それにこの人はいろんな場所でよく頭をぶつける。
頭の形がいびつなのはそのせいかもしれない。

2009/08/16

シンクロニシティーの可能性

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これは内田樹師匠も言っておられたことだけど、運命は間口の広い人にほほえむ。



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私は家の前を流れる川をながめている。
上流で嵐でもあったのだろうか、椅子や机やベッドや車などいろんなものが川を流れていく。
気に入ったものは、川から引き上げて自分のものにしてもよいのだ。
もし私が「ああ、引き出しが両側に付いていて、上から二段だけ鍵がかけられる2004年製のコクヨの事務机が流れてこないかな」と思っていたら
そんな机はまず流れてこない。
でも僕が「机が欲しいな」と思えば、その瞬間に机を目にすることが出来る。


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詳細な希望目録を持つ人は、その実現可能性の低さによって無意識のうちに希望に執行猶予を与える。
なぜ執行を引き延ばすのか。それは自分の問題から目を背けるためだろうか。
机に条件を付けない人はすぐ目の前に現れた机でどんどん仕事をする。
ずいぶん経ってから彼は思う。
「あの机は天からの贈り物だった」

2009/08/15

お疲れですか?

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今日仕事をしながら、ふと、「物語」をやめたら「疲れ」は発生しないんじゃないか。「疲れ」は「物語」なんじゃないかと思った。

いや、もちろん肉体的な疲れはあるけど、うちの犬を見ていると、はぁはぁ息は切れるし、足取りも重くなるけど、もし彼に「疲れてますか?」と聞いたら、「息がしんどいです」「身体がだるいです」「足が重いです」とは答えるけど、「疲れてます」とは答えないような気がする。
僕が言いたいのは、「疲れ」というのは、いくばくかの肉体的な疲弊感に自己悲劇的、自己憐憫的な感情が加わった状態なのではないかということだ。

悲劇や憐憫というのは、自分の置かれた状況を一つのドラマと捕らえているから発生してくる感情なので、「疲れ」を自覚するためには肉体的な疲れの発生に先立って自己憐憫的な感情があらかじめ自分の中に醸成されていなければならない。
だから肉体的な疲れが発生する前に物語の発生を許さなければ「疲れ」は生まれないんじゃないか。

そんなことが出来るのか!?
むつかしいことを言っているようだけど、要するに目の前の仕事と一体になって、ほかにあれこれ考えないということだと思う。

それをやってみた。
出来そうな気がする。
でも落とし穴が一つあって、「つい時計を見てしまうとそのとたん物語が起動する」

どうも「時計」は「物語」と関連がありそうだ。

そういえば日本の昔話は「むかしむかしあるところに」で始まるし、欧米の物語も「Once upon a time」で始まる。

物語というのは一連の因果の連鎖だけども、「時間」というのは因果の座標軸なのかもしれない。

こんな事を考えながら仕事をしているから疲れるのかな(笑)。

2009/08/14

お盆ですか?

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夕べは以前勤めていた病院の同僚5人との定例の食事会。


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梅田でご飯を食べたあと女性二人は帰宅。
男たち四人で初めてシガー・バーへ。
ちょっと軽めで吸いやすいものとか、中くらいの重さで香りのよいものとか注文すると
バーテンさんが選んでくれる。
午前0時前に別れて車で帰宅。


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慣れない葉巻を吸ったせいか帰りの車の中で激しい頭痛と吐き気に見舞われ
帰ってお風呂に入ってすぐにバタンキュー。
明日の乗馬行けないかもと思いながら夢の中へ。


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けさ起きると頭痛と吐き気はなおっていたけど、何となくすっきりしない。
行くべきかどうか悩んだけど結局行くことにした。


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乗馬でたっぷり汗をかいて
しゃがんだまま熱くて強いシャワーを頭からずーっと浴びているうちに
どんどん幸せになってきた。


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ちょっとしんどい時ほど乗馬するのはいいことかも。
それに乗馬のあとのシャワーはやみつきになりそう。


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帰りは車の中でモーツァルトの魔笛を大音響でかけながら帰宅。


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夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」。


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乗馬道具一式の入ったカバン。
子ブタの水筒。


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乗馬の帰りはいつも金比羅製麺でうどんを食べて帰ります。
きょうはぶっかけうどんに半熟卵の揚げたのとイカ天をトッピング。
ごちそうさまでした。

2009/08/12

神様は標準装備

今朝車で通勤中に、先日ブログで書いた「アジア人にとって神様はオプション」というセンテンスをぼんやり思い出しているうちに、「標準装備」という言葉が天啓のようにヒラヒラと頭の上に舞い降りた(※)。
そうか。欧米人には神様が標準装備なのかもしれない。



I know jesus is on that mainline Tell him what you want Jesus is on that mainline Tell him what you want Jesus is on that mainline Tell him what you want Call him up and tell him what you want

(電話交換士) 「神様と通話可能です。お出になりますか? お望みは何なりと。 神様と通話可能です。 ご希望は何でしょう。 神様と通話可能です。 お望みは何ですか? 直接彼とお話下さい。

Well, the line aint never busy Tell him what you want Wo, that line aint never busy Tell him what you want Well, the line aint never busy Tell him what you want Keep on calling him up And tell him what you want

ええ。回線がつながっています。いつでもどうぞ。 お望みは何なりと。 ええ。回線はつながっています。 お望みは何なりと。 はい。回線はつながってますよ。 お望みは何ですか? しばらく彼とお話下さい。 お望みは何でも叶えてくれます。

Well, if you want his kingdom Tell him what you want If you want his kingdom Tell him what you want If want his kingdom Tell him what you want Call him up, call him up, call him up, call him up You can call him up and tell him what you want

はい。神の国がお入り用ですね。 ではそうおっしゃって下さい。 神の国がお入り用の方は 彼にそう伝えて下さい。 神の国に入りたい方は 直接彼にご相談下さい。 さあどうぞ。さあどうぞ。さあどうぞ。 直接彼とお話下さい。

Well, if youre sick and wanna get well Tell him what you want Well, if youre sick and you wanna get well Tell him what you want If youre sick and you wanna get well Tell him what you want Call him up and tell him what you want

はい。ご病気の方は彼にご相談下さい。 ええ。早くよくなりたい方は彼にご相談下さい。 そうです。すぐによくなりたい方は直接彼とお話下さい。 どうぞ彼とお話下さい。

And if youre feeling down and out Tell him what you want And if youre feeling down and out Tell him what you want And if youre feeling down and out Tell him what you want Call him up and tell him what you want

落ちぶれて行き詰まった気分の時こそ 彼にご相談を。 滅入ってたまらないときは 彼と話をして下さい。 無一文でどん詰まりなら あなたの望みを言ってみて下さい。 彼にあなたの望みをご相談下さい。

I know jesus is on that mainline Tell him what you want Jesus is on that mainline Tell him what you want Jesus is on that mainline Tell him what you want Call him up, call him up, call him up, call him up Call him up and tell him what you want

はい。お出になります。 どうぞお話下さい。 イエス様とはつながっています。 どうぞお話下さい。 イエス様と通話可能です。 お望みは何ですか? さあどうぞ。さあどうぞ。さあどうぞ。 直接彼とお話下さい。
"Jesus On The Mainline" Ry Cooder 1973



脳を携帯電話に例えると、日本人の携帯では「神様」はオプションだけど、欧米人の携帯は神様が標準装備だ。
彼等に言わせれば、「神様」が標準装備なのはあまりに当然すぎて、「神様」の付いていない携帯なんて、ありえないわけだ。
日本人の携帯に神様が付いていないのを知った欧米人は、電話機能のない携帯を見るような目つきで、「アンビリーバブル」と言う。
ああ、それでようやく「信仰を持たない日本人」を彼等が見るときの目つきと、それを持っていないことでなんとなく後ろめたく感じる日本人の関係がわかった気がする。
主語を省略しない印欧語族の脳にはあらかじめ「神様」がインストールされており、主語を省略する日本人の脳には「神様」はインストールされていない。
インストールするためには別途購入が必要なのだ。 でもその必要を感じている日本人は1%に過ぎない。
ほとんどの日本人は「神様」というアプリの必要性を感じずに生活しているが、そんな日本人でも窮地に陥ると「ああ、こんなとき「神様」があったらなぁ」と思ったりする。日本人はこれを「困ったときの神頼み」と言う。
日本人は基本的に「神様」というアプリなしであまり困っていないし、「神様」というアプリの有効性を信じていないけれども、すごく困ると、このアプリがあったらいいのにと考える。 でも神様にお願いしても望みがかなえられることは少ない。 そんなとき日本人は「神も仏もないものか」と言う。
僕はむかし大学浪人で京都の近畿予備校という予備校に通っていたけど、この予備校には英語の橋本先生という老いた名物先生がいた。 この先生は熱心なクリスチャンで、英文解釈の授業中にしばしば宗教について言及し、キリスト教の信仰がいかに高邁で純粋であるか、それに対し日本人の宗教に対する態度を「御利益(ごりやく)宗教」であると痛烈に罵倒していた。
この先生は「~したまえ。」という口調が特徴的で、「諸君、猛勉(激しく勉強すること)したまえ。」という彼の口癖を、僕らはよく真似して仲間と面白がったものだ。
確かに日本人は宗教を道具と考えているふしがある。 ごりやくがあるかどうかが、「宗教」というアプリをインストールするかどうかの基準であり、役目が終わったらアンインストールするのだ(笑)。 欧米人には想像も付かないことだろう。

【追伸】 この文章を書いたあと、日本人にとっては神様はアプリでアンインストールできるけど、欧米人の神様はアンインストールできないということから、ひょっとすると欧米人にとって神様はOSなのかもしれないと思いました。OSを交換するということは人格の同一性が失われるということだもんね。
(※)それにしてもこういうひらめきはどうしていつもお風呂に入っているときや車を運転しているときにやってくるんだろう。こういうのは3B(Bus(車の運転中)、Bath(入浴中)、Bed(就眠中))の時に降りてくるというのは本当だな。

2009/08/11

楽しい人間時代

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湧き上がるあぶくのように
はたして再びこの世界に戻ってくるのか知るよしもなく
そしてまた仮に再びこの世界に戻ってくるとしても
石になって戻ってくるのか
草になって戻ってくるのかさえままならないが
それでも人間時代は楽しかったなと思えば去りやすかろう。
それとて楽しいかどうかは人間だから感じることで
石になってしまえば楽しい石生活かどうかなど考えるはずもないので
楽しかったというのも人間時代の自分へのオマージュに過ぎず
この世を去っていく自分を慰める言葉でしかないのだが
それでもやはり僕はこう言って死にたい。
「人間時代は楽しかったな」

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